5-2

「神隠し?」


 まさかそんな話になるとは思わず、尚登は聞き返してしまう。これは、仕事の打ち合わせだったはずだ。


「お前が言いたいことはわかる。だが、実際そうとしか言えない事態が起きているんだから仕方がないだろう?」

 面倒臭そうにそう言うのは『怪異班』班長であり、佑介の父親である、駿河セイ。資料を広げ、説明を続ける。


「でも、今時神隠しって……。つまりそれって失踪事件でしょ?」

 あくまでも呼び方の問題である。

「失踪……ねぇ。そう言えなくもないが、実際ここまでの調査結果を見ると、失踪ではなく、やっぱり神隠し、なんだよなぁ」

 班長が頭を掻く。


「具体的にはどんな話なんです?」

 安城が黒いファイルを催促する。


 黒いファイル。それは都市警察特殊犯罪捜査課に持ち込まれる、特別な案件が収められているファイルだ。受け取り、中から資料を出す。


「やっぱり、神隠しは山の中なんですねぇ」

 安城がおかしな感想を述べた。

「確かに、海や町ではあまり神隠しって聞きませんね」

 尚登が感心したように続けた。

「近くに神社があったりして」

「ああ、あるわね。ほら」

 周辺地図を広げ、安城。

「うわ、これマジで神隠しなんじゃ?」

「人間さらってどこに連れて行くわけ?」

「さぁ? 神の国で働かせるんですかね?」

 二人のやり取りに、駿河がフッと馬鹿にしたような笑いを漏らす。


「お前ら、完全に神隠しをバカにしてるな?」

 駿河が前のめりになって二人の顔を交互に見た。


「神隠しってのはな、昔は子供の失踪なんかを指して使うことが多かった。いわゆる天狗に連れて行かれた、とか狐に化かされていた、ってやつだな。だが、大人がいなくなる時の神隠しってぇのは老人や体の弱い奴、妊婦なんかが多いんだ。なんでかわかるか?」

 尚登を見る。

「……人減らし、ですか?」

 頬杖を突き、尚登。

「ああそうだ。故意的に減らすんだよ。そしてそれを隠蔽するためにだな、」

「神隠しだと、触れ回る……」

 安城が横から掻っ攫う。


「今回の失踪は、人減らしなんですか?」

 行方不明になっているのは年齢も性別も様々だ。この土地に住んでいる者もいれば、遠方からきているらしき住所の人間もいる。こんな山に、何の用事で向かったのだろう。特にハイキングをするような山でもなく、観光地でもないのだ。

「行方不明者に一貫性はない。共通点がまだ見つかっていないんだ。だが、だからこそこんな山の中で立て続けに人が消えるのはおかしいだろう?」

「確かにそうですね」


「というわけで、行ってこい!」

 バン、と駿河が尚登の背を叩いた。


*****


 行って来い、と言われてはみたものの、闇雲に山の中を探し回るのはごめんだった。


「出身地も違います」

「じゃあ……昔どこかで出会ってた、とか?」

「上は七十代、下は二十代ですからねぇ。年齢も性別も違う。どこかで会ってたとしたら、それってどこですかねぇ?」

「う~ん」

 安城が腕を組んで考え込む。

「地元民もいれば遠くからわざわざ出向いてる人もいる。なんのために?」

「う~ん」

「場所は何の変哲もないただの山奥。もしかして、埋蔵金伝説でもあるんじゃないかって思ったりもしましたけど、地区名で検索しても特に何も出てきませんし」

「う~ん」


「……安城さん、考えてます?」

「うん?」

 にへら、と笑う安城。何も考えていない。


「もうさ、わかんないけど、とりあえず行ってみる?」

 安城にしては珍しく、投げやりな返答である。何の情報もなく現地に向かい情報が得られるなら、県警が動いた時点でなにか掴んでいてもおかしくないはずなのだ。しかし、現時点で何も掴めてはおらず、お鉢が回ってきた。つまり、丸投げしてきたわけだ。

「……もう、それでいいです」

 尚登も投げやりに返答する。


 こんな時は思い切って飛び込んでいくのも悪くないのかもしれない。


「小さな集落しかないんだし、余所者が来たら目立つはずよね。誰か何か見ててもおかしくないんだけどなぁ。県警のやつら、本当にちゃんと調べたのかしらね」


 全部で十四人。

 十四人もの人間が姿を消しているのだ。


「今からだと、向こうに到着するの夜ですけど……どうします?」

 経路検索をすると、現地に到着するのは夜の十九時。近くにホテルのような場所があるか調べるも、なにしろ観光地ではないのだ。ホテルといえば……、

「ラブホしかないし」

 ぼそっと呟く。

 安城の耳がピクリと動く。


 ラブホ。

 尚登と、ラブホ。

 何故かわからないが、鼓動が早くなる。


「二部屋取れば問題ないじゃない」

 声を震わせることもなく、言い放つ。

(よし、言えた!)

 心の中で拳を握り締める。


「なるほど、それもそうか。じゃ、準備しますね!」

 そう言って尚登は席を外した。


 着替えなどは、各自いつでも動けるようにロッカールームに常備しているのだ。

 安城は胸に手を当てる。


 明日でもよかった。

 出発は明日でもよかったはずだ。

 なのに、何故今日のうちに行こうと言ったのだろう……。


 どうも、前回の誘拐事件以来、いや、あの少女が出現したその時から何かがおかしいのだ。あの少女と尚登が恋人同士ではないとハッキリしたというのに、どういうわけか気になって仕方がないのだ。休みとあれば尚登の家を訪れるのは何故なのか? 佑介も、やきもきしているようだった。


 だから、ということもないが。


 いや、家に帰したくないのかもしれない、と思い直す。しかし、それがなぜなのかがわからない。


 安城は立ち上がると、自分も支度をすべく、ロッカールームへと向かう。

 途中、班長である駿河とすれ違う。

「あ、安城君、少しいいか?」

「なんです?」

「ちょっと、こっち」

 なぜか近くの部屋に連れ込まれ、声を潜めて、駿河。


「なぁ、あのリディって子だけど……遠鳴とはどういう関係なんだ?」

「知りませんよ」

「恋人じゃないとは聞いたが、なんだか距離が近いと思わないか?」

「……はぁ」

 なんでこの話を駿河としなければならないのか。安城は内心、イラっとしていた。

「佑介が……あの子を好きなのは嫌というほどわかったんだよ。事情も把握した。そうなると、息子の恋が成就することを願うのが親心ってもんだろう?」

 腕を組み、天を仰ぐ。


 安城は深く溜息をつき、駿河を睨み付ける。


「それは佑介君が頑張ればいいだけの話ですよね? 班長、いくら何でも干渉しすぎです。そんなんじゃ嫌われますよ?」

 ぴしゃりと言い放ち、踵を返す。


「……えええ、安城君、厳しいなぁぁ」

 残された駿河が、情けない声でそう呟いた。

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