3-2
「お疲れ様です」
先に来ていた安城ミサトに軽く頭を下げる。
「ああ、遠鳴君、休みなのにごめんなさいね」
「いえ、いつものことですから」
スン、と
「これ……ですか」
目の前のソレに目を遣る。
ビルの地下駐車場。その一角に置かれていたのは、首のない死体。
腕輪がピリリと反応を示す。
「自殺ではないみたい」
安城が首を傾げ、言った。
「でしょうね」
辺りに血痕はない。誰かが別の場所で殺し、首から下だけをわざわざここに置いて行ったのだ。
「首はまだ?」
「見つかってないわ」
鑑識が忙しく動き回るのを、少し離れた場所で眺める。
「第一発見者は誰なんです?」
「ビルのオーナー。上に住んでるんですって。行きましょうか」
安城に言われ、エレベーターに乗り込む。最上階のボタンを押すと、
「このビルのことは?」
と聞かれる。
「ネットに出てた都市伝説程度のことしか」
「ああ、あの記事を読んだのね」
安城がクスッと笑う。
「負の連鎖……よくある話ですよね?」
尚登がそう、続けると、安城が真顔で尚登を見上げる。声のトーンを少し下げ、囁くように、言った。
「……遠鳴君、異世界ってあると思う?」
「へあっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう尚登。
チン
エレベーターが開く。五階だった。
「なに、その反応?」
安城が半眼で尚登を見る。
まさか『異世界ありますよ。俺、異世界人の知り合い二人いますから!』などとは言えず、誤魔化す尚登。
「いやぁ、なんか安城さんの口からそんな言葉が出るなんて思ってなかったもので」
「自殺者の多くは、ここで死ねば異世界に転生できるって思ってたみたい」
「は? なんで?」
「
「あ、」
壁に書かれた壁画のタイトルだ。
「それだけで?」
それが本当だとしたら呆れた話だ。来世に期待する、くらいの話であればまだしも、異世界転生とは。
「ここね」
ビル最上階、エレベーターを降りるとエントランスのような場所になっており、手前と奥に扉が一つずつ。手前は画廊で、奥がオーナーの自宅、ということらしい。
自宅の方ではなく、手前の扉の前で安城が止まる。呼び鈴を鳴らすと、ガラス張りのドアの向こうに、初老の男性の姿が見えた。
「どうぞ」
扉を開け、男性が顔を出す。
上等なスーツに白髪交じりの髪。しかし、見た目ほど歳ではないかもしれないな、と尚登は思った。
中には壁に大小さまざまな絵が掛けられており、パーテーションの向こうには商談スペースのような応接セットも置いてある。
「
名刺を渡され、受け取る。そこに書かれていたのは『画家』の文字。
「なんでこんなことになったのか……」
深い溜息と共に、絞り出すような一言。
「被害男性に心当たりは?」
「心当たりも何も、あれはどこの誰ですか?」
確かに。頭がないのだから、顔はわからないわけで。
渋谷に促され、応接セットの方へと向かう。ソファに腰掛けると、深く溜息をついた。
「聞き及んでおいでかもしれませんが、このビルでは数年に一度、自殺者が出るんです。昔はこんなことなかったのですが」
「自殺者は、若い女性が多いようですね」
「最初の子は恋人にフラれて衝動的に自殺した、と警察からは聞きました」
「それが、八年前……でしたか?」
「あの絵を描いた後だから……そうですね、そのくらいになります」
「あの絵?」
尚登が聞き返すと、渋谷がテーブルに置いていたハガキを尚登に見せた。
「このビルの壁に描かれた、あの絵です」
「ああ、あれは渋谷さんの作品なのですか」
記事には作者の名前が書いていなかったのだが。
「若い頃の作品なのですがね。気に入っているのですよ。それで八年前、壁画に」
「印象深い作品ですよね」
「ありがとうございます」
辛い過去を乗り越え、再スタートを切った覚悟と、強い意志。そんな力強さを感じる作品だった。
「あの壁画が完成する前は、自殺者はいなかったんですか? 事故なども?」
だとしたら災難だ。あの絵の意味することとは真逆のことが起きてしまったのだから。
「ええ、特にありませんでしたね。このビルを建てたのは十数年ほど前になりますが、芸術家たちが集まれる場所になればと思い建てましてね。実際、テナントは皆、創作という共通点のある方にしか貸しておりませんし、トラブルもありませんでした。それなのに……」
がっくりと肩を落とす。
「事件についてですが、発見したのは?」
尚登が話を変えた。
「今朝です。用があって出かけなければならなかったので、朝十時に車を取りに地下へ。そうしたら……」
思い出したのか、手で口元を押さえる。
「駐車場は、他にも誰か利用してますか?」
「テナントの方たちは別の駐車場を使ってますので、あそこを使うのは私と、画廊の
「今日は?」
「来てません。今はちょうど仕入れの時期なもので、画廊は閉めております」
「でも出入りは出来る、と?」
「彼女は今、海外にいますので、無理でしょう」
「海外……ですか」
画廊に勤めている画商の織部宮子は、年齢は三十八歳。海外に買い付けに行かせるということは、よほど信頼しているのだろう。
「駐車場、もしくは入り口に監視カメラがありますね。何故、壊れたままに?」
安城が言う。
そうなのだ。地下駐車場には、入り口と中に、三台も監視カメラが付いている、にも拘らず、全て壊れていた。
「ああ、織部君が戻ったら直してもらう予定だったのですが……」
「壊れたのは最近?」
「三日ほど前ですね」
「織部さんが海外に行ったのは?」
「五日前ですが……?」
ということは、織部という女が監視カメラを壊していったわけではないようだ。
「なにか、人に恨まれるようなことは思い当たりませんか?
などと聞いても、大抵の場合は『ない』と言われるものなのだが……。
「ええ、それはありますよ」
渋谷はあっさりとそう言ったのである。
「ある……んですか?」
尚登が目を見開く。
「私は日本絵画美術協会の副会長をしております。コンクールの審査員などもしますのでね、選ばれなかった画家たちの中には私を恨んでいる者がいるかもしれない。それに、このビルのテナントも、場所を考えると格安で貸しているんです。その分、出店に際し審査があります。私が認めなければ、貸し出しはしない。断られた人は、私を恨むでしょう」
なるほど、と尚登が頷く。
「となると、怨恨からの嫌がらせってことも……」
それにしては内容が過激すぎるが。
怨恨の線を洗うには幅が広すぎるかもしれない。もう少し対象を絞れるといいのだが……、と考えていると、腕輪が反応した。
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