第三章 Re:start ~再出発~

3-1

 ――かつて魔王ヴァルガには、たった一人だけ、愛した女がいたという。


 しかもそれは、魔族からしたら虫けら同然と言われて久しい『人間』という種類の下等動物だというのだ。


 しかしこの事実を知る者は少なく、また、彼の寿命を考えれば、愛した女と過ごした時間は一瞬だったに違いない。しかし一瞬だったからこそ、鮮明に記憶に残り、儚い命だからこそ、なによりも美しく感じてしまうのも事実なのである……。


*****


「でねっ、ヴァルガ様ったら私に直に蹴りを入れてきたのっ! うら若き乙女に、蹴りよ、蹴り! どう思うっ?」

 ツインテールを揺らし、リディが興奮気味に話す。


「どうって……その時二人は敵同士なわけだし、リディだって強かったんだろ? 勇者なんだし」

 適当に返すと、バン、とテーブルを叩き立ち上がる。


「馬鹿ねっ! 私が強いのは当然だし、ヴァルガ様と敵対してたのも真実よっ。そういうことじゃなくて、ヴァルガ様が私に蹴りを入れた。これはもう、愛でしかないじゃない!」

 乙女なポーズを取り、リディ。尚登は意味がわからず首を捻った。


「……というか、なんでリディがうちにいるわけ? 俺、今日休みなんだけど?」

「知ってるわよ。だから来たんじゃない!」

 あっけらかん、と言い返されてしまう。


 仕事がひと段落し、今日は休みなのだ。ゆっくり寝ているつもりだったのに、朝からチャイムが鳴り、モニターの向こうにはリディがいた、というわけである。


「俺がいつ休みかなんて知らないだろ?」

「それは知らない」

「じゃ、なんで今日うちに来、」

「毎日、よ!」

 ピッと人差し指を立て、リディ。

「毎日来てるの! いない日は仕事ってことでしょ?」

「はぁぁぁぁ?」

 毎日部屋まで来てインターフォンを鳴らしているという話に、尚登が仰け反る。ストーカー行為も甚だしい。


「なにやってるんだっ」

「だって、仕方ないじゃない!」

「携帯持ってんだろっ? 連絡先交換してやるからピンポンしに来るのやめろっ」

「えええ? そんなこと言って、私の連絡先知りたいだけなんじゃ……?」

 半眼で言われ、溜息をつく尚登。


「あのなぁ、毎日朝早く若い娘がピンポン押しに来るなんて、おかしいだろう? そのうち通報されるぞ?」

「尚登が?」

「なんでだよっ! お前がだよっ!」

「ええー」


 リディは不服そうだ。でも連絡先は交換した。ついでに、休みの度に来るのはやめてくれと要望を出す。が、

「やだっ、私とヴァルガ様の仲を裂こうとしてるわけぇっ? 信じらんない~!」

 ぎゃいぎゃい煩い。

「ヴァルガからもなんとか言えよ」

 さっきから一言も発することなく、テーブルの上に鎮座(?)しているヴァルガに文句を言う尚登。だが、ヴァルガの反応は薄い。

『ん? ああ……』


「今日のヴァルガ、大人しいな?」

「ん~、久しぶりに私と会えて、照れてるんじゃないかなぁぁ?」

 にひひ、と笑いながらリディが言うも、華麗にスルーされる。


「……面白くなぁい」

 リディがむくれて尚登に腹パンを食らわせる。災難である。


「あ! そろそろ行かなきゃだ!」

 時計を見て、リディが叫ぶ。今日は仕事があるようだ。今や店のナンバーワンメイドだと言っていた彼女は、案外真面目にメイド喫茶で働いているようである。

「じゃ、ヴァルガ様、また来ますねぇ!」

 投げキッスを送り、パタパタと去って行く。小型の台風のようである。


「……で、ヴァルガは何かあったの?」

 あまりに静かすぎて、流石に気になる尚登である。

『……いや、』

 どうやら話したくないようだ。それなら無理に聞く必要もない。尚登は黙ってリディのカップを台所に運ぶと、流しで洗った。何故か既にマイカップを用意している抜かりのなさである。


 プルル、プルル、


 携帯が鳴る。見ると、さっき出て行ったばかりのリディである

「もしもし?」

『ねぇ、今度は休みいつなのっ?』

「は? 一応予定では五日後だけど、」

『おっけ~!』


 プツッ

 一方的である。


「……なんだよ、まったくっ」

 眉間に皺を寄せると、再度携帯が鳴った。

「だから、なんだよっ!」

 キレ気味に電話を取ると、


『……え? 遠鳴君?』

 聞こえてきたのは安城ミサトの声だった。


「あっ、すみません、安城さんでしたか!」

 慌てて姿勢を正す。

『何かあった? 今、大丈夫?』

「すみません! 大丈夫ですっ。……えと、何かありました?」

 休みの日の電話。これが何を意味するかなど分かり切っている。呼び出しだ。

『今から住所を送るわ。そこに来て』

 いつものことながら簡潔な答えだ。

「わかりました。すぐ出られますので」

『よろしく』


 すぐに住所が送られてくる。


「ん? こんなところ?」

 そこは繁華街のど真ん中だった。テレビを付けてみるが、特に凶悪犯が絡むような事件は起きていないようだ。即時対応が求められる場合以外は、こんな風に休日に呼び出されることはないはずなのだが、と尚登は疑問を抱く。それとも、公には出来ない何かが起きたのだろうか。


「ヴァルガ、仕事が入ったけど……どうする?」

 あまり乗り気でないなら置いていこうと思ったのだが、ピカッと光ると、右腕ヴァルガは尚登の手首に納まった。


*****


 電車を乗り継いで、現場へ向かう。住所を検索したところ、少し気になるニュースを見つけた。


【怪奇現象か!? 殺人か!? 都会の片隅で次々に起こる不審死の正体に迫る!】


 ゴシップ記事ではあるのだが、指定された住所にあるビルで起きている不審死を揶揄するような内容である。


 このビルは多くの芸術家たちが店を出している、とも書いてある。オーナーは画家。テナントにはアパレルだけでなく、陶芸やオリジナルアクセサリー、画廊なども入っており、一階は創作料理の店。

 面白いのは、ビルの壁に描かれた壁画だ。高台に少年が二人、古びたマントをなびかせ佇んでいる。彼らが見下ろした先には、廃墟と化したビル群が広がっている。タイトルは


Re:Startリスタート


 とある。


 誰の作品かは書いていなかった。


 記事によると、このビルでは自殺者が後を絶たないらしい。よくある話だ、と尚登は思った。一度成功例が出ると、話を聞きつけどこからともなく集まり出すのだ。確実に命を絶てるであろうその場所に。負の連鎖というやつか。


 しかし、ビル側だって何も対策をしないわけではないはず。屋上に入れないようにするなり、柵を設けるなりしているはずなのだ。それでも、網を掻い潜ってやってくる。それはひとえに、成功例があるからなのだろう。


「ここか……」


 繁華街にある、なんの変哲もない雑居ビル。

 見上げた先には、壁画。


 腕輪が、熱を帯びる。

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