3-5

「じゃ、行方不明のお姉さんを探してるんだ」

 尚登が旭……斎藤旭と名乗った少女に語り掛ける。彼女の姉、朱里あかりは三か月前から行方不明らしい。だが、話を聞くと、故意的にいなくなったとしか考えられない内容だった。


「そりゃ、親と喧嘩して家を出てますし、姉は今までにも家出をしたことがありますけど、でも違うんです! 連絡、全然こないし、今までこんなことなかったのにっ」

 涙目で訴える。


「恋人とかはいたの?」

 安城が訊ねると、

「いました。でも彼も連絡付かないって。最後に連絡取り合った時に、おかしなこと言ってたから心配だ、って」

「おかしなこと?」

「リスタート出来るかもしれないから行ってくる。うまくいったら迎えに行く、って」


?」

 またも尚登と安城の視線が交わる。あのビルの壁画と同じ言葉。偶然なのだろうか。


「その言葉、流行ってるよねぇ。私もお店で何度か聞いたことあるけど、なんなの?」

 リディが訊ねると、旭がこめかみに指をあて、言う。

「私も詳しくは知らないんですけど、ある場所に行くと新しい人生を始められるって噂があるみたいで」

「それって、あの壁画のビルのこと?」

 尚登が前のめりになる。

「壁画? ああ、異世界転生の? ん~、あそこはただの自殺の名所だってことしか知らないですけど」

「え? なになに、異世界転生っ?」

 今度はリディが前のめりになる。尚登が慌てて話を補足した。


「あのな、一度成功例があった場所ってのはその後も自殺者が増えるんだ。心霊現象だと揶揄する奴もいる。実際、ゴシップ記事にも似たようなことが書かれてたしな。きっとどこかのバカが面白おかしく、異世界に行けるって口にしたんだろ。けど、そんなわけないって?」

 念を押すように、強めに言う。


「……なぁんだ。そうよね。あの場所に魔方陣なんかないし、この世界に魔素はないし誰も魔法使えないもんね。異世界に行けるわけないじゃん。はぁぁ、嘘かぁぁ」

 残念そうな口調で、リディ。


「異世界に行きたいの?」

 くすっと笑って、安城。完全にバカにしている口調だ。


「そりゃ、行けるならそうしたいけどぉ。でもどこでもいいってわけじゃないしな。それに、し。ね?」

 最後に可愛めの『ね?』を、尚登に向ける。いや、実際は尚登ではなくヴァルガに向けたのだろうが、安城の目には、尚登に向けたようにしか見えない。それは安城にとって、衝撃であった。

「なっ」

 大声を出しそうになるのをぐっと堪える。なぜ彼女が尚登を誘ったのか。異世界だなどと、いい年をして子供のような話に尚登を巻き込むのか。自分でも理解出来ないイライラが、心の中に渦巻く。


「悪いけど、行方不明者の届けは私たちの部署とは別なの。だから捜索は、」

「安城さん、

「へっ?」

 安城の声がひっくり返る。こんな、公衆の面前で付き合ってくれなどと言われたことは今までの人生で一度もなかった。しかも、そんな素振りを今まで一度だって見せたことのない、後輩である尚登からいきなりの告白などどう受け取ればいいのか、などとドギマギしていると、


「行方不明、もしかしたら今回の一件に関係しているのかも」


 安城がぽかん、と口を開けた。

(告白じゃ、ない。今の、は、告白では、ない)


 落ち着いて考えれば、当然である。急に恥ずかしくなり、グッと腹に力を入れる。

「関係しているって、どういう意味?」

「まだなんとも。でも、彼女のお姉さんが言った、。あのビルの壁画。自殺者と、行方不明者。織部宮子も言っていたじゃないですか。『警察が何度か行方不明者を探しに来た』と。偶然というには、出来すぎている気がしませんか?」

「確かに……」

 安城が口元に手をやる。

「わかった。私と遠鳴君の仲ですものね。

 そう言って、にっこり笑った。


*****


 管轄である北署の生活安全課を訪ね、行方不明者の捜索について聞き込みをする。突然、都市警察の人間が来たことで、北署の所長が慌てふためいている。別組織とはいえ、協力を求められれば断れない。都市警察は特殊な位置付けなのだ。

 わかったのは、北署に持ち込まれた行方不明者のうち数名があのビルに向かうことを知り合いに告げている、ということ。そして全員が合言葉のように『リスタート』という言葉を使っていたこと。そして、その後誰一人、見つかってはいないということ。


「リスタート……」

 尚登がポツリと呟く。


「安城さん、あのビルのテナント、どこも特に怪しい感じはなかったんですよね?」

「ええ、陶芸、染色、アパレル、デザインジュエリー、帽子、それに創作料理。みんな芸大を出てるようなクリエイターがやってる店ばかりで、個性的ではあっても怪しい人間はいなかったって聞いてるわ」

 確かに、一通り店を回って話を聞いた時にも怪しい人間はいなかったように思う。少なくとも、若い女性の行方不明に関係するような人間は……。


「具体的に行方不明者はどんな言葉を残しているんです?」

 尚登が生活安全課の一人を捕まえ、訊ねると、当時の調書を見せてくれた。


――異世界かどうかはわからないけど、あの場所に行くと違う世界に連れて行ってもらえるんだって! リスタートだよ!


――新しい自分になれるって、リスタートできるって聞いたの。だから、心配しないでね


――私を待ってる誰かがいるかもしれない場所。ねぇ、リスタートっていい言葉じゃない?


「結構具体的ですよね。まるで成功例があるみたいな」

 尚登がポツリという。

「そうね。それにこれを見る限り、誘ってる人間がいるようだし」

 安城が続ける。

「誰かが故意的に人を集めてる……?」

「何のためにです?」

「家出少女たちを集めて、何をするかって?」

 苦虫を噛み潰したような顔で、絞り出すように安城が言う。

「思いつくのは人身売買……かしらね」

「はっ? 人身売買?」


 平和ボケしている日本で、この時代に人身売買とは。いくらなんでも飛躍しすぎでは? と尚登は思う。

 ……しかし、海外旅行中の日本人が誘拐され、行方不明になるという事件は後を絶たない。もしそれが人身売買に繋がっているとするなら?

『日本人は、需要がある』

 ということになるのでは……?


 そう考え、頭の芯が熱くなる。


「でもっ、だとしたら一体誰が? 芸大出身のクリエイター風情がそんな大掛かりなことしますか?」

「海外とのやり取りがある人間は?」

「いえ、資料を見る限り、出店者はみんな国内展開しかしてませんけど……、」

 そこでハッとする。


「いや、海外と関係している人間は、いますね……」

「ええ、そうよ。海外と関係している人間はいるわ」

 安城も、気付いているようだった。

「でも、これって一体どういう……」

「わからない。本人に聞くしかないでしょ」


 そう言って安城は尚登を見つめた。


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