6-5
病院の社員食堂で食事を摂り、改めて病棟の地図を前に、安城と作戦を練る。
「ナースステーションに行けば、一応監視カメラも見られるみたい。まぁ、本棟との渡り廊下やトイレ前、非常階段の辺りにしかカメラはついてないんだけど」
「不審なものがいたとされる場所、っていうのはどこなんです?」
「……幽霊、とは言わないのね」
ふっ、と笑い、安城。
「だからっ、そんなものはいないんですっ」
ムキになる尚登。
「そうね、話によると不審なものの存在は、ここと、ここ、それとこの辺りでも目撃されてるみたい」
「病室の中でも、ですか」
見取り図を見る限り、安城が指したのは廊下の突き当り、エレベーター付近。そして、病室。
「いつ現れるかもわからないし、ウロウロと中を巡回するよりは、一カ所に集中した方がいいような気もするんだけど……」
安城が腕を組む。
「でも、毎回違う場所で目撃されているのだとすれば、どこで張ればいいかわかりませんよね?」
「そうなのよ」
はぁ、と息を吐き出し、目を閉じる。
「仕方ない。二手に分かれて巡回しましょうか。どこで何が起きるかわからないなら、広範囲を歩き回るしかないわよねぇ」
そう言って、ルートを決める。消灯になる夜の九時以降各自巡回を開始する運びとなった。途中、時間を決め落ち合い、状況報告をするという算段だ。
「ばるが君は?」
安城の質問に、尚登は、
「従弟の病室にいると思います。俺が付きっきりじゃなくても大丈夫みたいで」
ヴァルガはあれ以来姿を見せていない。まさか三井ハナの病室に入り浸っているわけではないのだろうが……後で見に行かねば、と頭の片隅で考える。
「じゃ、行きましょうか」
そう声を掛けると、
「遠鳴君、見回り、本当に一人で大丈夫?」
安城に真面目な顔で言われ、複雑な気持ちになる尚登であった。
*****
消灯した直後の病院というのは、本当に静かだ。眠りにつく人々も、飲んだ薬が充分に効いている状態なので穏やかなのである。
ヴァルガは、非常灯に照らされた三井ハナの寝顔をじっと見つめていた。
尚登と別れてから、改めて病室を訪れ、ハナと少しだけ話をした。ヴァルガの設定は、尚登が咄嗟に考えた通り『親が入院しているため』であり、更に話しやすいように『自分の、死んだ祖母に似ていて懐かしくなった』という話も盛り込む。ハナはなにも疑うことなく、ヴァルガと話をしてくれた。
同じ魂を持つ者。
ただそれだけだ。尚登に言われたように、ハナはハナであり、ヴァルガの知る人物とは別人。それでも、この魂に惹かれずにはいられないのだ。
ヴァルガの知る魂の主は、名をコーディという。驚くほどの美貌というわけでもなければ、高い知性を持ち合わせていたわけでもない、ただの普通の娘であった。ひょんなことから顔見知りになり、そしてヴァルガが彼女を見初めたのだ。
しかし、人間の寿命というのは風が吹く間に終わってしまうものだ。ヴァルガは彼女に何度か命を吹き込み、その寿命を延ばしたりした。が、それでも彼女の命は、あっけなく尽きたのだ。
それからというもの、ヴァルガはコーディの魂を持つ者を探し、何百、何千という時間を費やした。探し出しはするが、それ以上何をするわけでもなかった。ただ、その魂に触れ、慈しみ、遠くから、愛でるだけ。
ただ、それだけだ。
ハナという人物もまた、コーディの魂を持つ者。世界は違えども、ヴァルガにはわかる。コーディの気配を感じる。ただそれだけで、幸せだった。
カタン、と音がし、ヴァルガは誰もいないベッドの隅に隠れる。尚登たちが巡回しに来たのだと思ったのだが、扉を開けたのは看護師のようだ。中を伺い、すぐに扉を閉める。
ハナの病室は四人部屋だが、今はハナしか入っていないため、貸し切り状態である。ヴァルガにとっては好都合でもあった。
ベッドの隅から這い出て、改めてハナを見る。そう、長くはない命だった。また、別れがやってくる。ヴァルガは何度も、見送るのだ。決して隣で過ごそうなどと考えてはならないと、肝に銘じながら。
*****
時間通り、階段付近で落ち合う。
「どう? 何かおかしなことは?」
安城の質問に、尚登が首を振った。
「いえ、特には。時々聞こえるナースコールと、見回りをしてるナースとすれ違うくらいでなにもないですね。安城さんは?」
「こっちも同じよ。そもそも緩和ケアだから、痛み止めさえ効いていれば患者はぐっすり眠っているし」
「ですよね」
少なくとも、不審な何か、には出くわしていない。
「まぁ、今日はまだ一日目だし。何もないならそれでいいんだけど」
「そもそも怪奇現象そのものが何かの間違いだってことだって、」
話途中で、急に安城が尚登に抱き着いた。
「へっ? あ、ああ安城……さん?」
何が起きたかわからずオタオタする尚登に、安城が、
「い、今っ、遠鳴君の後ろっ」
震える声でそう言う。
「脅かさないでくださいよ、安城さんも人が悪いなぁ」
若干顔をヒクつかせながら強がる尚登。
「嘘でも冗談でもなくっ、腕がっ、飛んでたのよ! 腕だけがふら~って!」
ピク、と眉を上げる。
「へぇ、腕だけ、ですか」
「腕だけの幽霊ってこと? ねぇ、さっきのあれ、なにっ?」
さっきまでの安城はどこへやら、である。
「幻覚ですって、そんなの。腕だけの幽霊なんて聞いたことないでしょ? 調書にだって、人の形をした白い何か、ってあったじゃないですか」
「そう……よね」
安城が尚登から離れる。
「安城さん、もし無理そうだったら俺だけで行きますから、」
「だ、大丈夫! 問題ないわっ」
「……ならいいですけど」
散々怖がる尚登をいじっていた安城が、まさかこんなに怖がるとは。予想外だった。
「遠鳴君は大丈夫なわけっ?」
「……そうですね。なんか、もう大丈夫かもしれません、幽霊」
にま、っと笑うと非常階段の扉を開け、病棟へと戻る。安城と別れ、見送った後、再び非常階段へ向かい、上を目指す。
踊り場に、腕がちょこん、と落ちている。いや、これは佇んでいる、と表現すべきなのか?
「ヴァルガ、ふざけるのも大概にしろよなっ」
『ふふ、いや、すまん。わざとではない』
「いや、絶対わざとだろっ」
『少し力の充電をしようと思って擬態を解いていたのだ』
「今までどこにいたんだよ?」
『まぁ、その辺だ』
それ以上何も語りそうにないヴァルガに、尚登はそれ以上何かを追求することはしなかった。
「じゃ、俺は仕事に戻るけど、こんなところに腕だけって、誰かに見つかったら危険だからやめてくれよ」
『わかった』
そう言うと、腕がふわりと浮かぶ。
宙を舞う、右腕。
……確かにこれは怖いかもしれないな、と尚登も思ったのであった。
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