魔王の右腕
にわ冬莉
第一章 魔王の右腕
1-1
簡単な潜入捜査のはずだった。
雇われボディガードとして取引現場に赴き、取引の証拠を掴んだのち、合図を送り現行犯で全員をしょっ引く。それだけのはずだった。
「冗談だろ」
そう呟き、物陰に隠れる。
取引相手は、こちらが到着するや否や銃をぶっ放してきた。マルタイ……警護対象者はあっけなく死亡し、仕方なくこうして身を潜めている。偽の警護だったとはいえ、まさか取引前に撃たれるとは思っておらず、油断したか、と顧みる。が、ハッキリ言ってこれはまさかの事態である。対処できなかったからと言って怒られたくはないなぁ、と頭の片隅でぼんやり考える。
緊急用のサインは既に出しているが、まったく反応がない。
「ジャミング……か」
いわゆる電波妨害装置があるのだろう。こちらのサインを受け取らない限り、本部からの応援は来ない。異変に気付いてもらえれば別だが、建物の外からでは中の様子はわかるまい。
「おい、いたかっ?」
「いえ、姿が見えませんっ」
「チッ、ドブネズミがっ」
相手は姿を消した
都市警察、特殊犯罪捜査課。通称『怪異班』に所属されて一年。
「こんなとこでくたばりたくねぇなぁ」
いつまでも隠れているだけでは埒が明かない。しかし、武器らしい武器は入り口の身体検査ですべて没収されていた。となれば、誰かの武器を奪って応戦するか、うまいことこの場から逃げるか、二択なのである。
どう考えても、後者だ。
ごちゃごちゃと資材が散乱している倉庫内は、死角こそ多いが完全に隠れられるわけではない。出口は一つ。そこには見張りが立っており、こうしている間にも銃を手にした仲間らしき輩がどんどん追加されているのだ。
注意深く当たりを探る。窓の位置は高すぎて、空でも飛べない限り届かないだろう。この際、鉄パイプでもいいから武器になりそうなものが欲しかった。しかしいくら見渡せど近くにはそんなものはなく……。
「ん?」
目を凝らし、床に何か違和感を覚える。匍匐前進で移動すると、そこにあったのは一メートル四方の四角い鉄の板。
「おい、いたぞ!」
誰かが叫んだ。
倉庫内にいた男たちがそれを聞き、一斉に尚登に向かってくる。尚登はチッと舌打ちをし、床の扉に付けられた取っ手を思い切り引き上げた。
「ビンゴ!」
それは地下へ続く階段。とりあえずこの中に潜るしかない。半ば転げ落ちるように地下へと降りる。
中は暗く、足元がよく見えない。尚登はポケットからボールペンを取り出し、カチカチと二回ノックした。明かりが点く。本部からの小道具は、なかなか使い勝手がいい。緊急信号は送れなかったが。
地下を照らす。残念ながら逃げ道はないようだ。
「おい、どこだっ?」
「地下だ! この中に入った」
「袋のネズミだな」
上から楽しそうな男たちの声が聞こえてくる。確かに袋のネズミであり、どうすることも出来ない状況だった。
こんなところで終わるのか、と半ば諦めかけたその時、尚登の耳に、声が届く。
――汝、
パッと顔を上げ、ペンライトを左右に向ける。が、誰の姿もない。
「空耳……かよ」
奥歯を噛み締める。
――汝、我と契約せよ
今度はハッキリと聞こえる。
「誰だ!」
声を荒げるが、どんなに照らしてもネズミ一匹捉えることは出来ない。
――契約を交わせば、助けてやろう
「誰だっ? どこにいるんだっ?」
ギィィィ
頭上で、鉄の扉が開く音。
「いたぞ!」
と叫ぶ男の声と、向けられる複数の銃口。
「くそっ」
迷っている暇なんかなさそうだ。助けてくれるというのなら、藁にも縋る思いでYESと答えるよりほかにない。
――我と契約を交わすか?
「ああ、契約でもなんでもするっ。助けろ!」
暗がりに向かって叫ぶと、何かがガサリと動く気配。そして、
――それを手に取れ
足元に、何かが触れる。尚登は迷いなく足に触れた何かを手にした。すると、ソレはほのかに温かく発光し、その熱が尚登を包む。それと同時に、頬に鋭い痛みを感じ、ペンライトを落としてしまう。
「撃て!」
鉄の扉から延びる複数の手が引き金を引く。乾いた破裂音と、飛び散る火花。尚登は無意識に腕を前に出し、顔を庇った。この距離で発砲されれば、当たらないわけがない。当たらないわけない……のだが。
「当たって……ない?」
体に痛みを感じないのだ。それとも、致命傷を負った人間は痛みすら感じることなく死ぬのだろうか? などと考える。
「おいっ、どうなってるんだっ!」
上からイラついた声が聞こえるのがわかる。撃てども撃てども、血も流さず、倒れもしない標的を見てイラついているのだろう。
――あの者たちは処分すればいいのか?
声にそう聞かれ、尚登は首を振る。
「いいや、殺すな! ここから半径五百メートル以内にいる俺以外の人間はすべて眠らせてくれ!」
的確な答えだ。しかしそれは、得体のしれない何かに対し、ただ、心の願望が駄々洩れただけのどうしようもない答えだ。この状況から救ってもらうだけでも無茶な話だというのに、何人いるかわからない連中を眠らせろ、だなど不可能に決まっている。が、
――わかった
手にしたソレが、ぷおん、と薄い水色の玉のようなものを生み出す。玉は宙に浮き上がり、鉄の扉を潜る。
「なんだっ?」
「おい、これはなんだっ」
上が騒がしくなる。
玉はぷおん、ぷおん、と小さな音を立て、その大きさを変えてゆく。
「うわぁぁぁ、なんなんだっ」
やがて巨大な球体となり、パチン、と弾けた。弾けると同時に、バタバタと人が倒れ始める。
「……どうなってんだ?」
尚登はそう呟くと、梯子を上がる。辺りには銃を片手に倒れている複数の男たち。そして自分が握っていたものを見、悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁっ」
思わずソレを投げ捨ててしまう。
――我の名はヴァルガ。かつて魔王の右腕であったもの。汝との契約が完了した
「魔王……?」
聞きなれない単語を前に、眉間に皺が寄る。
――我を手に取り、願うがいい
「魔王の……右腕、」
転がっているソレは、確かに肘から先の、右腕であるのだ。
「普通、側近の事とかを言うだろ。右腕って……物理なのかよ」
半分呆けたようにそう口にすると、ぐらりと天井が揺れる感覚に襲われる。
「……あれ? 力……が、はい……」
視界が暗くなり、意識を手放す。
――うむ。少し力を使いすぎたようだ。しかしこれで我の望みも……
ククク、と僅かな含み笑いを置き去りに、
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