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シリアルキラーと言えば、日本では大抵の場合、男である。
動機としては、強姦などと絡むパターン、金銭の強奪などと絡むパターンが主だ。いわゆる、海外ドラマのような快楽殺人は少なく、殺すことが目的というよりは、結果として殺すことになってしまった、という場合が多い。
犯人像は、家庭環境に問題がある幼少期を過ごし、金や権力に執着がある男……もしくは、保険金殺人のような、高水準の生活をしたい女。
しかし、そう考えると今回の殺人は少し微妙だった。
神田美月は資産家の娘であり、裕福な家庭で育っている。両親も、特に問題はなさそうだった。しいて言うなら、今時政略結婚というのは時代遅れだな、というくらいであろう。
「裕福だから幸せ、って話でもないんじゃない?」
資料を見ながら安城が言う。尚登は、ハンドルを回しながら助手席の安城を見た。
「親が厳格すぎて精神を病んだ、とか、そういうやつですか?」
「まぁ、そういうこともあるかもね。だって、結婚相手も勝手に決められたんでしょ?」
「そりゃそうですけど……だからって、二十人もの人間殺します?」
「精神疾患に関してはなんとも。本人は自分がやったって認めてるみたいだけど、結構な力仕事よね。大体、どうやってターゲットを自分の家に呼ぶのかしら? おかしな車を見かけた、とかの情報もないみたいだし」
地方都市とはいえ、片田舎のお屋敷だ。見知らぬ車が停まっていたら近所の誰かが見ているだろうし、車の持ち主を殺してしまったなら、その車の処分にも困る。だからといって徒歩で行けるような場所でもなかった。地図を見る限り、最寄りの駅から歩いたら一時間以上かかりそうだし、バスも近くを通ってはいないのだ。
「迎えに行って、連れて帰るしかないわよね」
「でも、彼女が見知らぬ誰かと車に乗って走ってたりしたら、それこそ誰かの目に入るんじゃないですか? 田舎ってそういうの、目立ちますよね」
被害者は全員男性である、ということだけはハッキリしているのだ。既婚者である美月が聡以外の誰かと一緒にいるところを見られたら、噂になるに違いなかった。
「目撃情報ゼロだものね」
「ええ……」
どんなに気を付けていても、どこかで誰かに見られたりするものなのではないのか? という疑問が残る。
「もうすぐ、着きます」
都内の某総合病院。特別室に、彼女は、いるのだ。尚登の右手が、ほんの少し、熱を帯びた気がした。
*****
「では、やはり……」
担当医の他に、鑑識官が一人、同席した。今回の事件を、鑑識サイドから説明するためだ。そして分かったことは、神田美月は間違いなく犯人である、という事実。見つかった遺体、全てに美月の痕跡が確認されたとのことだった。
「では、部屋へ案内いたします。そうぞ」
話を終え、いよいよご対面である。
病院の最上階は、特別室が並んでいる。いわゆるVIPの入る部屋もあるが、そうでない部屋も多い。神田美月が入院している部屋も、それである。
右腕に熱を感じる。今度はなんとなく、ではない。かなり、熱い。尚登は腕輪に触れた。どうしたのだろう。
病室の入り口には『神田美月』と書かれた札。鍵は外側にしかついておらず、担当医師がカードをかざすと、赤だった光が青に変わり、カチャリという音が聞こえた。
「どうぞ」
促され、中へ。
病室内は質素だった。
窓は嵌め殺し。開けることは出来ないが、外の光を感じることは出来る。ベッドは一つで、部屋自体はVIP用の部屋に比べれば大分狭いが、洗面台とトイレはついている。
神田美月はベッドの上で本を読んでいた。
長い黒髪と、細い体。翳のある愁いを帯びた瞳。とても連続殺人犯には見えない姿だった。
「こんにちは」
安城が声を掛ける。美月がふい、と視線を上げた。
ドクンッ
腕輪が振動するかのような衝撃。
『これはっ……』
ヴァルガの声が脳内に響く。さすがに声を出すことは出来ず、尚登は心の中で問いかけた。
(なにっ? どうかしたっ?)
『ナオト、一体この女は何者だ!? とてつもない負のオーラを感じるぞ!』
(え? そう……なのか?)
連続殺人犯だからか。危険な人物であればあるほど、ヴァルガの言うところの『負のオーラ』というものも強いのだろうか。
「神田、美月さん……ね?」
安城の問いに、美月はゆっくりと、微笑みを浮かべる。その瞬間、尚登の全身に鳥肌が立つ。妖艶で、恐ろしい微笑み。美しさのむこうに感じる、狂気。
「ええ、そうです」
鈴を転がすような、とはよく言ったものだ。まさに美月の声はその言葉がしっくりくるような魅力的な声だった。
「少し、お話を伺っても?」
「構いませんわ。どうぞ」
ベッドの傍らにある椅子を勧める美月。安城が椅子に腰かけ、尚登はその傍らに立ったまま、話を始める。
「お宅の庭から二十一体の遺体が発見されました」
「ええ」
「あなたが?」
「ええ」
「何故?」
安城の『何故?』という質問に、美月は不思議そうな顔をし、首を傾げた。
「桜の木の下には死体が埋まってるんですって。だからあんなに綺麗な花が咲くのよ?」
まるで小さな子供に教えているかのような口調で、そう言った。
「……は?」
今度は安城が首を傾げる。
「薄いピンクは大地に溶けた赤い血が薄まったせいなのですって」
優しい表情、優しい声。
「すべての花をピンクに染めなきゃ。ね?」
さも当然、と言った風に、そう言ったのである。
「すべての花を、ピンクに……」
渡された資料を思い出した。花の種類は多種多様にもかかわらず、あの庭園には確かにピンク色の花しかなかった。
「何故、ピンクでなければいけないのです?」
尚登が訊ねる。
「決まってるじゃありませんか。ピンクが好きだからです」
幸せそうな、笑顔である。
「……質問を変えます。庭に埋もれていた二十一体の遺体は、あなたが?」
安城が聞くと、美月は小さく頷く。
「仕方ないんです。必要でしたから」
「それは、花を咲かせるために?」
「ええ」
「では、花のために二十一人もの人間を殺した、と?」
「ええ。それが?」
何が聞きたいのかわからない、と言った顔で美月。
「あなた一人で? それとも、誰か協力者がいたのかしら?」
「協力者……?」
美月がほんの少し、顔を歪める。
「私は私の意志で生きているの。誰か、なんていない」
ふい、とそっぽを向く。
「では、全てを一人で行った、と?」
安城の質問に、美月は答えない。
調書にあった通り、犯行は認めているのだ。しかし、そこから先の情報がまるでない。まるで霞のようだ、と尚登は思った。生きて、目の前にいるのに、実態が掴めない。
右腕が、熱い……。
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