第二章 Secret garden ~秘密の庭~

2-1

「おはようございます」

 少しばかりぼーっとする頭をなんとか回転させ、職場に辿り着く。


「おはよ。なによ? 昨日半日休みだったのに、なんだか疲れてるみたいね?」

 先輩でもあり相棒でもある安城ミサトにそう指摘され、苦笑いを浮かべる。

「いや、ちょっと……予定外に友人と会っちゃいまして、話が長引いて」

 あの後もリディの弾丸トークに付き合わされ、遅くまで話し込んでいたのだ。

 リディのヴァルガに対する愛情(?)はいささか……いや、大分歪んでおり、抹殺しに来たという割にデレデレなのだった。


「まぁ、たまには友達と会ってリフレッシュすることも必要よね」

 安城がそう言って笑った。

「で、今日は?」

「ああ、今班長が来ると思う」


 安城の言葉からほどなく、駿河するがが姿を見せる。手には黒いファイル。特殊犯罪捜査班に回される特殊案件のファイルだ。


 怪異班、などと呼ばれてはいるが、別に怪奇現象などを調べるわけではない。表立って捜査できないような事件を調べるのが仕事だった。それは時に、常識を逸脱した内容だったりするわけだが。


「安城、遠鳴、これを見てくれ」

 一枚の写真を差し出す。写っているのは幸せそうに微笑むカップルの写真。きちんと正装し、写真館で撮った記念写真だ。

「これは?」

 安城が訊ねる。

「殺人事件の犯人と、その夫だ」

「ってことは、奥さんが……」

「犯人だ。本人も自供している。だが、不審な点が多すぎる」

「それにしても、ただの殺人事件でしょう? 我々が出張っていくような案件じゃ……」

 尚登が口を挟むと、テーブルに事件の資料を並べ始める。


「被疑者の名前は神田美月かんだみづき、三十六歳。夫は外交官のさとし、四十歳。聡は海外に単身赴任中で留守だった。被害者は大地優だいちすぐる、三十一歳。強盗傷害で手配中だった」

「……ってことは、」

「正当防衛ってことだ」

 駿河の言葉に、二人が顔を見合わせる。

「正当防衛なら、それで終わりなのでは?」

 安城が眉をひそめた。


「それがな、これだけじゃないんだ」

 駿河が写真を出す。それは美しい花が咲き誇る庭。ガーデニングでもしているのか、多種多様な種の花が……だが、違和感。


「綺麗ですね。でも、花の色が、」

 全部同じ色。ピンクだった。

「ピンクが好きなんですかね?」

 尚登が写真を覗き込み、言った。


「この庭から、多数の他殺体が発見された」

 安城と尚登が息を呑む。

「……連続殺人?」

「シリアルキラーってわけですか」

 息を吐き、呟く。

「今は精神鑑定待ちで、病院にいる。単独犯かどうかもわからないんだが、なにより上がった死体の身元が誰一人特定できていない」


 駿河の言葉に、驚く。

 今の科学捜査はかなりの情報をもたらすと言っても過言ではない。行方不明者とのDNA鑑定など進めれば、少なくとも身元くらいはすぐに割れそうなものなのだ。


「一体どういう……?」

 安城が声を潜める。

「死体は古いもので十年弱、新しいもので半年から一年くらいだそうだ。性別や大体の年齢まではわかっているが、身元は不明」

「何人出たんです?」

 尚登が訊ねる。

「二十一人」

「はっ?」

「二十一、って」

 いくらなんでも女一人でその人数は無理だろう、と思える。それに、十年前だとすれば、神田美月はまだ二十代。


「夫はいつから海外へ?」

 安城が資料を見ながら、言う。そして資料に書かれた内容を読み上げた。

「夫、聡は十年前より海外赴任……ですか」

 だとすれば、夫がいなくなった直後から殺人が始まったことになる。

「場所、都内じゃないんですね」

 尚登も資料に目を落とす。

「ああ、地方都市だな。屋敷は広くて、近所付き合いがないわけではないが、怪しい人物の往来などは確認できてないらしい」

「旦那さん、知らなかったんですか?」

「それもわからんな。本人は否定しているようだが。なにしろ海外単身赴任中は、年に数回しか会ってなかったらしいからな」


 確かに、聴取にもそんなことが書かれていた。妻である美月と顔を合わせるのは、美月が海外にいる聡の元を訪ねた時がほとんどで、聡はあまり日本に戻ってきてはいないようだった。


「何のための結婚なのかしらね」

 安城がもっともなことを口にした。

 若くに結婚したのだから、二人で海外に住めば済んだ話なのでは? と安直に考えてしまうのだが。


「屋敷は元々美月の実家だそうだ。資産家でもある神田家と、聡との結婚はいわば親が決めた政略結婚のようなもので、婿である聡は美月に頭が上がらない。海外赴任も最初から決まっていた話だったようだが、美月は屋敷を離れたくないと、一人日本に残った」

「神田家は、彼女以外に誰も?」

 年齢的に言って、両親や兄弟などがいてもおかしくはない。

「美月の両親は事故で亡くなっている。結婚式の数日後にな。兄弟はなく、親類はいるようだが、近くはない」


 つまり、夫以外近しい人間はいないということらしい。尚登は少し考えこむと、

「心神喪失による犯行、ってこと……ですよね?」

 きっかけが親の死なのか、親に決められた政略結婚なのかは知らないが、精神的におかしくなった人間が殺人を犯すことは、ままある話だろう、と思ったのだ。


「遠鳴の言いたいことはわかる。だが、上からこうして依頼が来ている以上、調べないわけにはいかない。何が出るのか……何も出ないのか。とにかく調べてくれ」

「わかりました」

 安城が資料から顔を上げ、そう答えた。

「病院側にはもうアポを取ってある。今日の午後、面談が出来るようになっているから、まずは美月に話を聞いてほしい。……まぁ、まともに話が出来るのかはわからんがな」

 駿河がそう言って肩をすくめた。


「聡の方は?」

 安城が訊ねる。

「ああ、同じ病院にいると思うぞ。自分の女房がやったこととは信じられず、何かの間違いだと主張している。あれだけ広い庭だからな、外から侵入して埋めて行った第三者がいると言い張っているらしい」

 尚登が小さく頷く。


 確かに、そういうことも不可能ではないかもしれない。片田舎の邸宅。女主人の一人暮らしを知っている者にとっては、見つからないよう死体を埋めることも出来たかもしれない……が、

「臭いは、しますよね」

 尚登の一言に、駿河が頷く。


「そうだな、臭いはする。だが、近くには牛を飼っている家もあるらしく、風向きによっては糞尿の臭いがすることもあるそうだ。だから腐敗臭も、もしかしたら誤魔化されていたのかもしれない」

「なるほど」

「とにかく、まずは夫婦に話を聞いてくれ。それから屋敷の調査だ。鑑識は一通り調べた後だが、まだ何か出てくる可能性もあるからな」


「わかりました」

「了解です」


 尚登と安城が同時に言った。


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