1-6
リディのラブラブ光線と、ヴァルガのスンとした否定のやり取りはしばらく続いた。尚登はしばらくそのやり取りを眺めていたのだが、よくわからない。
そもそも二人は(多分)異世界の人間だ。こちらの常識を持ち出すこと自体、間違っているのだろうと諦める。
『ナオト、そろそろ助けろ』
何度目かの「違う」を言い終わったタイミングでヴァルガがそう言った。
「あ~、そう? じゃ、とりあえずお互いの現状把握からしようか。まずはリディの今の状況、教えてくれる?」
職業病かもしれない。
いついかなる時も冷静に。状況確認の後、今後どうするかを考えるのは、もはや癖のようなものだ。
「状況ってなによっ」
ヴァルガへの態度とはだいぶ違う口調で突っかかってくるリディに、淡々と質問を投げかける。
「まず、こっちにはいつ来たの?」
「は? え~? んと、数カ月前……かな」
「ヴァルガを探しに来た。でも魔法は使えず、ヴァルガも探せなかった……ってことだよな?」
「……そう、だけど?」
ツーン、とそっぽを向き、リディ。
「今までどうしてたんだ? 住む場所、生活、金はないだろうし」
「そ、それはっ」
もじょもじょと言い淀む。
「若い女性一人でこの世界にポンとやってきて、今の今まで問題なく過ごしてこられたわけではないだろ?」
しかも、元居た世界とは色々なことが違っていたはずだ。
「そうよっ、大変だったわよ!」
リディはヴァルガの腕をぎゅっと抱き締め、語り始めた。
「私は魔方陣でこっちの世界に来た。ヴァルガ様を探すのなんて、サーチを使えば簡単なはずだった。だけど、この世界には魔素がなくて、私は途方に暮れたわ。うじゃうじゃと人が山ほどいる街中に放り出され、賢者の服は浮きまくってたし、道行く人はみんな私を好機の目で見てくるし」
だろうな、と状況を想像して息を吐く。賢者の服がどんなものかは知らないが、想像するに、ゲームのコスプレか何かだと思われたのだろうことはわかる。
「困ってたら、声を掛けてくれた人がいてね。私は彼についていくしかなかった」
「彼……って、知らない男について行ったのかっ?」
もしかしたら犯罪に巻き込まれたりしているかもしれないと、危惧する。
「ああ、大丈夫よ。彼、とぉってもいい人だもの! 私を可哀そうだと思って拾ってくれたの。この世界のことは彼から教わったわ。今では私、仕事だってしてるんだから!」
『仕事……? 殺し屋か?』
ヴァルガが口を挟む。
いや、腕を挟む。(?)
「ちょっとぉ! ヴァルガ様、ひどぉい! 私そんなこと出来ませんよぉ。今は魔法も使えないし、剣を振り回すことだってできないんですからねっ!」
まるで魔法や剣が使えたらそれもありのような物言いである。
「仕事はぁ、メイド喫茶のメイドさん」
なぜかポッと顔を赤らめ、答える。
「メイド喫茶……」
『メイドをしているのか』
ヴァルガにはわかっていないようだ。
しかし、リディは見た目も可愛らしく、メイドの格好をしたら似合いそうだな、と尚登は素直に思った。
「今や人気ナンバーワンなんだからねっ。お給料だって結構もらってるしっ」
ドヤ顔をされる。
「……じゃ、今はその彼と一緒に?」
「まぁ……居候してる。あ、でもヴァルガ様、誓ってその彼とは何もないんですよっ。私はヴァルガ様一筋なんですぅぅ」
体をくねらせ、リディ。
しかし、世の中には物好きな男がいたものだ。これだけの容姿の女の子を拾ったのなら、手を出しそうなものだが……などと考え、頭を振る。邪なのは自分の頭かもしれない、と思い返したのだ。だが、念のため。
「リディ、年はいくつ?」
「は? 私? 二十一歳だけど?」
幼く見えるが成人している。その年齢なら、例えなにかあったとしてもセーフだな、などと考える。
「それならまぁ、問題ないな」
「っていうか、ヴァルガ様のこと教えてくださいよぉ! なんで今まで気配消してたんですかぁ? サーチは出来なかったけど、私ヴァルガ様の気配があったらもっと早く探し出せてたのにっ」
『しばらくは何も出来なかったのだ。なにしろ我は、どこぞの誰かのせいで腕しかないのだからな』
厭味ったらしくそう言うも、リディには通じていないようだ。
「あはっ、そうでした! さすがのヴァルガ様も腕だけではどうにもならなかったんですねぇぇ。うふふ」
何が嬉しいのかわからないが、ニヤついた顔でリディが言う。
『我はある場所で機会が訪れるのを待っていた。そして我の声を聞く者を見つけ、契約を交わした』
「はぁ~ん、それが、あんたってことね」
半眼で尚登を見、リディ。
『ナオトの力を借り、この世界で負のオーラを集める』
「えっ? そうしたら魔法が使えて、元の世界に戻れるってことですかぁっ? 私はその『負のオーラ』ってのがそもそも分からないし、取り込むことも出来ないのにぃ。さっすがヴァルガ様!」
ぱぁぁ、っとリディの表情が華やぐ。
『我は魔族。お前はただの人間。当然であろう』
ドヤ顔……いや、ドヤ腕でヴァルガが言った。……ような気がした。
「さっきリディが言ってた宿主の話は? 本当なのかよ?」
尚登は気になっていたことを思い切って訊ねた。体を乗っ取られるのはごめんだ。
『低級な生き物ならそうかもしれん。宿主の体を乗っ取り、自分の物とし、力を使う』
だが、と先を続ける。
『だが、我は魔物の王ぞ。そのようなことをせずとも、魔法は使えるようになる』
「ほんとかよっ? だって今は、」
『今はまだ叶わぬ。ナオトの体を借りねば魔法は使えぬが、魔素に代わる負のオーラがもっと集まれば、腕一本とて魔法を使うことは容易い』
ヴァルガの話を聞き、一瞬ホッとする尚登。だが、その言葉が真実である証拠はどこにもないのだ。最終的に身の危険を感じたら……一体どうすればいいのか。
「はぁぁぁっ、さすがヴァルガ様ぁぁ!」
リディがうっとりした顔でヴァルガの腕を見つめた。
「……で、結局リディは何でヴァルガを倒したいわけ? ヴァルガのことが好きなんじゃないの?」
「はぁぁ? わっかんないかなぁ? 私はねぇ、大賢者リディ様なわけ! 魔王討伐隊のメインだったの! これほどまでに名誉なことはないわっ。ヴァルガ様との一戦……今思い出すだけでも体中が熱く燃え上がるようなあの戦い。私以外がヴァルガ様を葬り去ることなんて考えられない、私とヴァルガ様だけの時間……」
うっとりと宙を見つめ、悦に入る。
「戦いの終盤、私はヴァルガ様が不死身だとわかった。これがどういうことかおわかり? 私が止めを刺しても、復活したヴァルガ様が、私ではない誰かの手によって消されてしまうかもしれない可能性。ううん、私はヴァルガ様を滅ぼすことで、ヴァルガ様との愛を成就したかった!」
どんどん意味が分からなくなる。
「だから切り落とした腕と魂を異世界へ飛ばしたの。確実に息の根を止めるためにはあの世界では無理だって思ったから。私の読みは当たっていたわ。でもまさか、魔素がない世界に転移させちゃうだなんてっ」
「……俺の解釈が間違ってないなら、リディはヴァルガを好きすぎるあまり、ヴァルガと心中する気だった、ってこと?」
尚登の見解を聞いたリディは、一瞬ぽかんと口を開け、言った。
「さっきからそう言ってるじゃない!」
と……。
第一章 完
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