1-5

 魔王ヴァルガ。


 確かに少女はそう言った……ように聞こえたのだ。


「なんの……こと?」

 明らかに動揺する尚登に、少女が畳みかけるように話し始める。


「せっかく葬ってやったっていうのに、まさか不死身とはね。それに気付いた私って最高にクールで出来る子だし、抜かりなくあんたの魂と片腕を異世界へ飛ばすとかいう芸当、すごくない? だけど、よく考えたらあんたが異世界から戻ってこないとも限らないしさ。だから息の根を止めようと思ってこうしてわざわざ出向いてきたっていうわけ。なのに、この世界ったらどうなってるのよっ? 魔素がなかったら魔法が使えないじゃない! ねぇ、私どうやって向こうに帰ればいいわけっ? あんたのことずっと探してたのに、大まかな場所しかわかんないしさっ。そんで、やっと見つけたと思ったら、は? 私のこと覚えてないって、マジ? 私みたいな強くて可愛くて最高にクールな女の子を忘れてる、なんて有り得ないんだけど! ねぇ、私の話を聞いて少しは思い出した? 思い出したわよねぇっ?」


 早口だ。


 そして今の説明でなんとなく事態を把握する。用があるのは尚登ではなく、ヴァルガの方ということだ。しかも、どうやら彼女も切羽詰まっている状態。


「あの、えっと」

 尚登はどう対処すればいいかわからず、右手の腕輪を無意識に触る。ヴァルガが出てきて相手をしてくれたりしないもんか、とも思ったが、どうやら相手はヴァルガを葬った張本人。しかも息の根を止めに来たと宣言までしている。相手をしてくれるとは考えづらい。これは、どう対処するべきか、尚登としては考えものだった。


「ねぇ、思い出したの? 出さないのっ? どうやって元の世界に帰ればいいか知ってるの? 知らないのっ? 私はこのままこの変な世界で一生を終えなきゃいけないのっ?」

 襟を掴まれ、ガクガクと揺らされる。このままだと自分をヴァルガだと勘違いしたまま殺されそうだ、と尚登は思った。


「とりあえず落ち着いてくれないか。俺は君の探してる魔王?じゃないと思うし」

「はぁぁ? この期に及んでそんな嘘つくっ? ヴァルガじゃない! 気配がまんま、ヴァルガなのよ! 悪いけど、私の目は節穴じゃないわっ。これでも西の大賢者とまで謳われた勇者リディ様なんだからねぇぇ!」


 完全に誤解されている。

 そして、このままだと冗談ではなく絞め殺されそうだ。


「リディ……? ちょっと、手、放してっ」

 息苦しさに、ギブアップを宣言する。待ってはみたが、ヴァルガが出てくる気配も、口を出す気配もない。仕方がないので、尚登は本当のことを話すことにした。リディを半ば力ずくで引き剥がすと、姿勢を正す。


「えっと、君が探してるヴァルガは、今はここにはいない」

「はぁ?」

「待って、ちゃんと聞いて。ここにはいないが、俺とヴァルガは繋がってる。だからヴァルガの気配を感じるんだと思う」

「……なにそれ、どういうことよ?」

 リディが疑いの目を向けてきた。


「つまり、俺はヴァルガではない」

 そう、そこんとこちゃんと言っておかないと命を狙われそうなのだ。

「じゃ、ヴァルガはどこ!? 早く出して!」

 急かすリディに、尚登は、

「今は出てこられない。わかるだろ? こんな公衆の面前で出てきたら……ねぇ?」

 尚登の言葉に、リディが素直に頷く。

「確かにそうね。こんなところに魔王が降臨したらパニックになるわ。……というか、ヴァルガと繋がってる、って、あんたは何者なのよっ!」

 急に臨戦態勢を取るリディ。コロコロと忙しい子である。


「俺は遠鳴尚登とおなりなおと。ヴァルガとは契約を結んだ。利害の一致、ってことで」

「契約って……あなた、宿になったのっ?」

 掌を口に当て、リディが驚く。

「宿主って……なに?」

 知らない言葉だった。

「実態を持たない生き物が、他種の生物の身体に寄生して、栄養とするための生贄」

 穏やかではない話だ。

「生贄……?」

「そうよ、生贄。最終的には体を乗っ取って自分のものにされるってこと」

「えっと、でも魔王、には、体……あるんだよね?」

 こっちの世界には腕。あっちの世界にはそれ以外があるという話だったはず。

「まぁ、あっちにはあるけど、器がなかったら魔法使えないじゃない。あなた、バカ?」


 言われ、思い出す。

 確かにヴァルガは『器』という言葉を発していたのだ。だが、宿の話は……知らない。

「まさか……ねぇ」

 腕輪に向かって話しかける。

 が、返答はない。


「とにかく、あなた騙されてるわね。相手は魔王なのよ? そんな都合よく利害の一致なんてあるわけないじゃないっ」

 言われれば言われるほど、不安が募る。


「ね、それで、ヴァルガはどこにいるわけ? 早く案内しなさいよ!」

「案内って……」

「何なら私が話を付けてあげてもいいわ! あなただって困ってるんでしょ?」

「……まぁ」

「だったら、ねぇ!」

 なんというか、押しが強い。勢いがすごい。尚登はリディに押し切られる形で、自宅へと案内する流れになってしまった。外では腕になるな、と言ったのは自分だ。ならば第三者のいない自宅に行くしかないだろう。


 鍵を開け、中へ。

 十日ぶりの我が家である。

 窓を開け、空気を入れ替える。


「へぇ、結構いいとこ住んでるじゃん」

 付き合いたてのカップルのような感想を述べられ、思わず肩をすくめる。そういえばこの部屋に女性を入れるのは初めてだったな、と思い出す。


「さて、と」

 リディは勝手に上がり込みソファに座ると、尚登を見上げる。

「ヴァルガは、どこ?」

 尚登は大きく溜息をつき、

「おい、呼ばれてるぞ」

 と、腕輪に向かって声を掛けた。


 キラ、と腕輪が光り、尚登の手首から外れて本来の姿に戻る。だ。


『まさかこんなところまで追いかけて来るとはな』

 腕に戻ったヴァルガがそう、話す。

 目を見開き、ヴァルガうでを見たリディが腕に飛び掛かった。

「ちょっ!」

 尚登が止めに入ろうとしたが時すでに遅し。リディはヴァルガの腕を手に取り、その手を、


「……へ?」

 抱きしめ、頬摺りをする。


「ああああああ、ヴァルガ様ぁ! 腕一本でもカッコいい~! お久しぶりですぅ。私のこと、忘れずにいてくれましたぁ? やだ、もう、こんなに小さくなっちゃってぇ。でも、それでも構わないのですっ。リディはヴァルガ様のこと、お慕い申し上げますぅぅ!」

 すりすりと顔をこすりつけ、抱き締め、舐め回しそうなほどの勢いである。


「……どういう……こと?」

 意味がわからず尚登が訊ねる。と、リディがパッと尚登を見上げ、

「私とヴァルガ様はそういう仲なの」

 と言った。


『違う』

 即、否定するヴァルガ。


「違いませんよぉ。もぅ、相変わらずツンですわね、ヴァルガ様ぁ」

 甘ったるい声で話すリディに、尚登の頭はクエスチョンマークでいっぱいになるのであった。

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