エピローグ

「じゃ、向こう異世界に帰るのか?」


 しばらく経ったある日、ヴァルガに言われたのは『里帰り』の話。


『どうやら我がいなくなってから人間と魔物間での揉め事が増えたようでな。ここのところちょくちょく戻ってはいたのだが……。くだらん争いはやめさせねばなるまい』

 いつの間にか、行き来していたようである。

 それもそうだ。彼はとっくに本来の力を取り戻している。残してきた同胞たちの心配を、ヴァルガがしないわけがない。


「で、リディも?」

「もっちろん、ヴァルガ様が帰るなら私だって帰るわよぅ! お店燃えちゃって仕事もないしね~」

 確かに店の再建まではまだ大分かかりそうではある。


「いいのか? 佑介君置いていっちゃって」

 火事の後、なにやらいい感じになっていたように思っていたのだが……。

 そんな心配をしていると、

「ゆうはね、連れて行くの!」

 と、嬉々とした顔で言われる。

「はぁぁ?」

 尚登が驚いて声を上げた。

 連れて行く、と簡単に言うが、行き先は異世界なのだ。それに、そもそもヴァルガの存在や異世界の人間だということを、佑介はどこまで真実だと思っているのか。


「私の生まれた場所を見てみたいんだって。ヴァルガ様も、いいんじゃないか、って。ね?」

「ヴァルガ、賛成したのか?」

『あの男がその気なら問題なかろう』

 これは……、


(リディと佑介君が上手くいってくれれば自分が楽になる、って思ってるな?)


 口には出さず、伝える。

 ヴァルガに一筋の汗が流れた。


「でも、佑介君、学校は大丈夫なのか? それに、班長にバレたら大問題だぞ?」

 いらぬお世話かもしれないが、つい、気になってしまう。

「ああ、それなら大丈夫。ゆう、昨日から春休みに入ってるし、駿河さんには旅行に行くって話してるからね」

「旅行……、」

 広い意味では間違っていないのかもしれない。


「ってわけだからぁ、尚登、寂しいだろうけどお留守番よろしくねぇ!」

 バン、と背中を叩かれる。

「まぁ、いいけどさ」

 なんとなく口籠ると、ヴァルガがすかさず付け加える。

『我の腕を置いていく。なにかあればそれを手に取り、我の名を呼べ。腕を通して会話も出来よう』

 携帯電話か! という突っ込みはかろうじて我慢する。


「こんにちは~」

 玄関から、佑介の声。

「あ、来た!」

 リディがいそいそと迎えに出る。


「え? なに、これからすぐ行くのっ?」

 立ち上がる尚登の前で、ヴァルガが幼児の姿に変わった。ただし、テーブルの上の腕はそのままだ。

「善は急げ、だ。すぐ戻るから心配はいらん」

「その格好で?」

 どうせなら大きい方になればいいのに、と思ったが、小さい方がなにかと便利だ、と言っていたのを思い出した。確かに、この姿であれば『魔王ヴァルガ』だと気付かれずに動けるのかもしれない。

「この姿はがいいからな」

 にまっと笑う、ちびヴァルガ。


「うわぁ、あなたがヴァルガさんっ? 思ってたより可愛いですね! 俺、駿河佑介です! リディをこよなく愛する者です! どうぞよろしくお願いいたします!」

 宣戦布告なのか宣言なのか知らないが、堂々とそう口にする佑介に、リディが『余計なこと言うな!』と突っ込む。

「うむ。……して、向こう異世界の話は、」

「大体のことはリディに聞いてますっ。最初は信じられませんでしたけど、俺、リディが嘘をつくなんて思ってないんで、イマジネーションフル回転で話を受け入れることにしたんです。そうしたら不思議と、違和感もなくて」

「いや、違和感はあるだろ」

 尚登が冷静に突っ込みを入れる。


「んもぅ、尚登は情緒だけじゃなくて想像力もないのねっ」

 リディがそう言って尚登を睨み付けた。

「そんなことはないっ」

 反論する尚登に、リディが、

「ま、いいわよ。私たちがいない間、尚登はミサトさんと二人きりの時間を存分に楽しんでちょうだい?」

 と、ニヤニヤしながら言い放った。

「くっ、」

 顔を赤らめ、拳を握る。尚登の負けである。


「さ、そろそろ、行くぞ」

 ちびヴァルガがそう言って床に魔法陣を描く。

 魔法陣を見るのは初めてだった。尚登と佑介が息を呑み、リディは目をキラキラさせている。

 床に描かれた魔法陣から、パァァァ、っと金色の光が立ち上った。

 それは、とても美しい光だった。


「ではナオト、行ってくる」

 ヴァルガが言う。

「ああ、行ってらっしゃい」

 尚登が答えた。


「じゃ、尚登まったね~」

「い、いいい行ってきますっ」

 目が泳ぎまくっている佑介の腕を掴み、リディが魔法陣に突っ込んだ。その姿がまるで光に溶けるように掻き消えていく。

 続き、ヴァルガもひょいと魔法陣に入ると、途端にスッと光が消え、何もない空間に戻る。


「……騒がしいな、まったく」

 呆れたように声を出す。

 三日なのか、十日なのかは知らないが、これで少しは静かになるのだろう。

 ほんの少し、寂しいと感じてしまう。

 けれど……、


 テーブルの上。

 見慣れたその存在に、絆のようなものを感じ取る。


「普通に見たら、ホラーだけどな」

 そう言って、笑みをこぼした。


 そこにドンと置かれているのは、腕。

 これは、なのである──。



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魔王の右腕 にわ冬莉 @niwa-touri

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