2 裏切者

〔仏〕「なあ松尾。俺ってきりたんぽっぽいか」

〔松〕「うわっ、誰かと思ったら仏像さん。夏バテですか、え、きりたんぽ?!」


 心なしか猫背気味の仏像は、力なくパイプ椅子に座り込む。

 悪夢のせいで王子様オーラが消えうせた仏像に、松尾が思わずのけぞった。


〔餌〕「何そのそのどんよりオーラ。生霊退散生霊退散いきりょうたいさんいきりょうたいさん秘孔ひこう突きっ。えいっ」

 えさが仏像の第七頸椎けいついをつんと押そうとするも、仏像はするりと身を交わす。


〔井〕「お疲れーっす。何だよ政木まさき(仏像)そのタコ踊り」

〔服〕「タコ踊りって(笑)。パンダ(餌)君、今日はサッカー部と合同で練習するからカバンを置かせて」


 第七頸椎だいななけいついを狙うえさから猫のように逃げ出した仏像を、元バスケ部の四番から落研の『草サッカー同好会』改めビーチサッカー部門(チーム名『落研ファイブっ』)に転部した井上が受け止める。


 その後ろから『落研ファイブっ』キャプテンの服部に、新メンバーの今井他二名が顔を出す。


〔多〕「Hey Guysよう 野郎ども!」

 さらにその後ろから顔を出した顧問・多良橋たらはしの暑苦しい大声が、部室中に響き渡った。



※※※



〔多〕「これより三学期末まで、一並ひとなみ高校落語研究会は演芸部門と『草サッカー同好会』改めビーチサッカー部門(チーム名・『落研ファイブっ』)に分かれて活動する。そして両部門の顧問こもんは、このメキシコ湾のスーパーノヴァ・多良橋達也たらはしたつや 二十五歳 担当教科地歴公民だ」


〔仏〕「随分久しぶりにその二つ名を聞いた気がするな」

 仏像がふふっと笑うと、実年齢四十七歳の多良橋たらはしがにやりと返す。


〔多〕「今日は『落研ファイブっ』はサッカー部と合同練習。演芸部門は文化祭の企画立案な」


〔飛〕「それはそうと、元競技かるた部の津島つしま君は落研には入らなかったのですか」

 競技かるた部から転部してきた長津田ながつだを見て、放送部との掛け持ちとなった飛島と麺棒めんぼうが首をかしげた。


〔多〕「津島君はご縁があって人間国宝の中林家菊毬なかばやしやきくまり師のもとに通っている。それが彼にとっての落研活動だ」


〔飛〕「演芸場えんげいじょうの前で出待ちしたあげく熱中症になったのですよね。ごね得じゃないですか」

〔餌〕「まあそうなんだけど。色々な大人の事情が重なったらしいよ」

〔麺〕「人間国宝ってやっぱスゴイの」

 ペン回し王者の麺棒めんぼうが餌に向かって身を乗り出す。


〔餌〕「麺棒めんぼう君は元落研でしょーっ。中林家菊毬なかばやしやきくまり版の『子別れ』のDVDは宗像むなかた先生がしょっちゅう掛けていたのに」


 元顧問の宗像むなかたコレクションの中でも上映頻度の高かった『子別れ』を、麺棒はちっとも覚えていない様子だ。


〔餌〕「中林家菊毬なかばやしやきくまりはやっぱり格が違うよ。ねえ仏像ってあれ」

 きまり悪そうに笑う麺棒めんぼうに突っ込みを入れた餌は、仏像を目で探すも。


〔多〕「政木まさきと松田君なら、服部君達と一緒にグラウンドに行ったぞ」

〔餌〕「嘘でしょーっ! 裏切者おおおおおおっ」

 共に演芸部門を支えるはずの二人に裏切られたえさの叫びが、セミの声をかき消すように鳴り響いた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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