19 大人女子

 こちらは、放送部の飛島によって寄席よせを強制終了させられた暗転幕あんてんまくの中。

〔麺〕「これはもらう方が罰ゲームだよ」

 仏界(座布団十枚)に到達したロトエイトこと麺棒眼鏡めんぼうめがねは、『素敵なプレゼント』の受取を断固拒否する。


〔松〕「これが大オチだったんですよね、餌さん」

〔餌〕「どこぞの仏像が余計な口を挟まなきゃ、時間一杯でプレゼントオチまで持って行けたのに」

〔仏〕「いや仏界(座布団十枚)があのオチはいくら何でも弱すぎるって」

〔餌〕「飛島君も、あと一分くれても良かったじゃん。意外と鬼なんだよあの子」

 小道具のダンボールを台車に乗せながら餌がぼやく中、津島は黙々とパーテーションを押している。




〔餌〕「改めてお疲れさまでしたあ」

 プレハブ小屋に大道具小道具一式を運び込むと、餌はふうと大きなため息をついてパイプ椅子に座り込んだ。


〔今〕「多良橋たらはし先生は」

〔仏〕「菊毬きくまり師匠と蝉丸せみまる師匠にごあいさつ中だ」

〔津〕「蝉丸せみまる師匠も来られていたのか。これはお会いしなくては。では」

 津島はパイプ椅子に置いたカバンを引っつかむと、一目散に体育館方面へと駆け出した。


〔松〕「津島君をお昼に誘おうと思ったのに」

〔長〕「今日は彼なりに集団行動を頑張ったから、もう解放してやった方が良い。たぶんあれが限界」

 長津田のフォローに松尾がうなずいていると、仏像があれ、と首をかしげた。

〔仏〕「松尾。お前さっきのナンパはどうするんだよ。昼に正門前で待ち合わせじゃないのか」

 松尾は、ナンパじゃないですと言い残して正門前へと急いだ。



 正門前には、三人の女性が人待ち顔で立っていた。

 それぞれ、ショートボブにパンツスタイル、巻き髪ロングヘアに深緑のワンピース、ポニーテールにフレアロングスカート。

 小物や靴も、千景ちかげと一緒に見たハイブランドで固められている。

 遠くから見ると二十代後半、近くで見ると生徒の母親世代の大人女子三人。

 彼女たちは松尾を見るなり、一つの遠慮も無く、しかし優雅な身のこなしで松尾を取り囲む。


〔客D〕「管弦楽部の定演チケットを購入させていただきました」

〔客E〕「リストの『死の舞踏(Totentantz)(※)』はマイアミのファイナルぶりですね。当日を楽しみにしております」

〔客F〕「本日の出し物にも驚かされました。まさか『展覧会の絵』を弾きながら声真似をなさるとは。実力・人気にユーモアセンスまであるなんて、これは世界が放っておくわけがありません」

〔客D〕「私たち、これからもずっと松田松尾さんを世界中に布教していきます」

〔客E〕「私たちは、中華鍋も炭化する強火担ですわ」

〔客F〕「本日は大変お疲れさまでした。こちらは松田さんの好物だと伺いまして」

 ブルガリの腕時計を付けた彼女が差し出したのは、松尾がこよなく愛するスーパー・『ページヤ』のビニール袋。


〔松〕「な、何でこれを。どこでそんな情報を……」

 中に入っていたのは、期間限定の『チョコカスターマロン味』。

〔客D〕「よろしければ、こちらのチケットにサインを」

〔客E〕「ぜひ」

〔客F〕「いただけますわね」

〔松〕「あの、まだ修行の身でして。それに、今日はプライベートですからサインはちょっと……」

 松尾は、極秘情報を知る大人女子の圧に思わず後ずさる。


〔千〕「あら松尾ちゃん、こんな所でどうしたの」

 明らかに身なりの良い大人女子に包囲された松尾は、千景ちかげを見るなり表情をゆるめた。


〔松〕「知り合いの女性と正門前で待ち合わせをしているのですが、来なくって」

〔千〕「松尾ちゃん、デートをするならもっと目立たない所で待ち合わせる事ね」

〔松〕「デートじゃないですってば。本当にちがいます」

 デートじゃないと言い張る松尾に手を振って、千景ちかげはクリニックに戻っていった。




〔客D〕「ピアノの王子様がデート。お相手はどんな女性なのかしら」

〔客E〕「でもまだお付き合いには少し早いのでは」

〔客F〕「そうは言っても、ロマン派を手掛けるならば恋の一つや二つしないと」

〔客D〕「確かに、三次予選の『クライスレリアーナ(※)』はちょっと直線的でしたものね。ほほほ」

〔客E〕「ドイツ・ロマン派の代表的な曲ですものね。演奏テクニック的には図抜けていましたけれど、心の揺れや不条理ふじょうりさが表現できていたかと言えば、ちょっと」

〔客F〕「逆に初心うぶいたような弾き方が十五歳らしくて。あの青臭さは今だけのものですわ」

〔客D〕「あの曲を選んだからには、聴かせたい相手がいたのでしょう。ねえ」

 松尾に容赦ようしゃないダメ出しをしつつ、恋愛関係の探りを入れるご婦人達。

〔松〕(正直うっとうしい……)


 聞こえないふりをした松尾が知った顔を探していると、冬桜ふゆざくらの木の下で天河てんがと暑苦しく腕をからめる加奈と目が合った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※リストの『Totentantz』マイアミのコンクールで松尾が弾いた曲(リスト作曲 『死の舞踏(Totentantz)』 S.126)。コンクールの映像が流れるシーン→

https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330660713713468


※『クライスレリアーナ』はR・シューマン作曲の組曲。後に結婚したクララとの、激しくも複雑怪奇な恋愛関係および内面が投影されている。

松尾は長津田からも『三次予選のクライスレリアーナ』に関してはダメ出しを食らっている。→https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16818023212086090582


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