66-2 競技かるた部から来ました

〔坂〕「三十分だけなら音楽準備室を使って良いよ」

 坂崎の手によって教室から締め出された松尾に飛島と新入部員候補二名は、怪我けがをおもんばかった坂崎によって音楽準備室に通された。

 早速の部員候補の報に、三元さんげんとシャモも音楽準備室に駆け付ける。


〔三〕「仏像は」

〔餌〕「服部君側にいる」

 ビーチサッカーの練習見学に早速やってきた三人プラスアルファの対応に、服部と二人で追われているらしい。


〔津〕「私は落語には明るくはありませんが、古今和歌集こきんわかしゅう万葉集まんようしゅうに」

〔三〕「だったら『道灌どうかん』辺りが合いそうだ。落語には和歌を題材にした│はなしもたくさんある」

 松葉づえを付いた生徒――津島修二つしましゅうじ――は、見かけによらずマシンガントーカーだ。



〔長〕「僕は和歌の他にはクラシック音楽と禅画ぜんがに興味があります。運動には全くもって意義を見出せません」

〔シ〕「運動がしたくないのね。それで良く競技かるた部に入る気になったね」

 三角巾で右手を釣った生徒――長津田敦ながつだあつし――はシャモの問いかけに目を怒らせる。


〔長〕「『競技かるた』がまさか蛮族ばんぞくの領土争いの如きものだとはつゆ知らず。茶道部があれば良かったのでしょうが」

 実家の商売の都合上、茶道に一応の心得こころえがあるシャモがうなずいた。


〔津〕「その通り。よもや蝉丸せみまる足蹴あしげにする日が来ようとは。蝉丸せみまるに対して何たる非礼、何たる傲岸ごうがん


 サッカー部の下野しもつけ君の弟も蝉丸せみまるが好きなんだよと引きつりながらほほ笑む松尾に、長津田ながつだが鋭い視線を投げた。



〔長〕「時に松田松尾君。僕が思うに、君の『クライスレリアーナ』はあまりに純音楽的解釈に過ぎるのでは。それから君は『ダヴィッド同盟』(※)についてはどのようなとらえ方で」


〔松〕「ああ、三次予選を見たんだ。その話は伏せてほしい」

〔坂〕「一並ひとなみ高校在籍の件は、熱心なファンの皆様にはバレたんだから。いい加減腹をくくりなさいよ」

〔松〕「そうは仰いますが、ファイナルまでは集中したいです」

 なおももの言いたげな長津田ながつだを拒むように、松尾は話を中断させた。




〔餌〕「君たちは松田君の事情を知っているみたいだから白状するけど、松田君は通信科に移籍して海外留学する予定なの。でも今年は松田君しか落研に来なかったから、このままだと一並ひとなみ高校落語研究会は消滅の危機な訳」

 事情を知っている坂崎が、ピアノチェアに腰掛けながらうなずいた。


〔餌〕「それでね。僕ら一並ひとなみ高校落語研究会は、楽しい事やバカな事を自由に出来る場でありたいんだ。『愛・楽・自由』が次期顔役総務じきかおやくそうむの僕――伴太郎はんたろう――のモットーなの。何かこう、ふわっとまーるい。おっぱいみたいにあったかくて、ちょっとだれ気味で」


 かすかに顔をしかめつつもうなずく長津田ながつだと裏腹に、津島修二つしましゅうじの顔が見る間にけわしくなった。


〔津〕「愛・楽・自由を大地母神なるものと同一視する貴兄きけいの知見は、構造主義こうぞうしゅぎ群論ぐんろんに関して――」

〔餌〕「僕はおっぱいがとっても大好き♡ ぐふふ(*´Д`)」

〔シ〕(うわ、何か面倒くさそうなやつ来たーっ)

〔三〕(ちょっと何言ってるか全くわからねえ)

 シャモと三元さんげんは思わず顔を見合わせた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※ダヴィッド同盟 『クライスレリアーナOp.16』を作曲したシューマンが作った理念上の団体。


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