57 生き地獄
〔粟〕「服部君、太ももの違和感はまだあるかな」
『落研ファイブっ』用のテーブルを案内した
〔服〕「歩くのには
〔粟〕「そうか。風呂から上がったらケアマッサージで様子を見るよ。食堂にいるから声をかけてね」
そう言って
映像に全く興味を示さずカレーをよそうシャモの耳を、だしぬけに重低音が襲う。
〔シ〕「地獄かよ」
あまりの重々しい音のぶつかり合いにシャモが思わず音の出どころを見ると――。
〔下〕「まっつんだすげえ。何これどこ」
〔天〕「えっ、松田君ってピアノが弾けるの」
〔シ〕「弾けるってレベルじゃねえぞ」
〔長〕「今年のプロレス同好会のリング入りはこの曲にする」
〔服〕「海外か。恐ろしくお高そうな場所だな」
〔餌〕「リストだ。リストの、何だっけこの曲」
ビュッフェの前でぽかんと立ち尽くして映像を見る六人に、
〔粟〕「君たちの
〔下〕「この方向ですごかったのかまっつん」
〔シ〕「そりゃ『絶対に運動したくない』ってプロフに書くわけだ」
六人は松尾がひた隠しにした姿をあぜんとしながら見た。
※※※
〔多〕「遅くなりました」
頭を下げながら食堂入りした
〔飛〕「松田君だ!」
〔仏〕「あーあ、ついにバレたか」
きらきらと目を輝かせる飛島と、肩を落とす仏像は実に対照的である。
〔多〕「それにしてもこの時で中三だろ。何度見てもありえんな」
〔飛〕「世界中で大反響でしたからね。僕も大ファンになってSNSもフォローしましたし」
〔シ〕「それで松田君の事が大好きなんだ。飛島君もピアノ弾きだもんね」
カレーとサラダを上品に盛った飛島に隣の席を勧めると、シャモが水をぐびぐびと飲みながら話を振った。
〔飛〕「松田君のレベルには遠く及びませんが」
〔多〕「でも七月のコンクールで飛島君も金賞だったでしょ。坂崎先生がほめてたよ」
〔飛〕「県単位の小さなコンクールです。こんな同級生がいるのに、ピアノが弾けますなんて恥ずかしくて言えやしない」
飛島はぼうっとしながら松尾の
〔長〕「飛島君、この曲の名前は。文化祭のプロレスデモに使いたいんだけど」
〔飛〕「リストの『死の
〔餌〕「リスト=サン・サーンスの方は吹奏楽部で演奏したよ。懐かしい」
〔仏〕「松尾は夏休み期間中は部活免除になっている。つまり、俺らが黙っている限り、松尾は自分の
松尾の映像を見つつ皆が夕飯をつついていると、仏像が神妙な顔で切り出した。
〔下〕「何でまっつんはそこまでこの件をひた隠しにするんですか。だって誇る事であっても恥ずかしい事じゃ」
〔仏〕「松尾が倒れた一件をもう忘れたのか」
その言葉に、
松尾が倒れた時の状況と、その時に仏像から忠告された事。そして大観衆からスタンディングオベーションを受ける松尾の姿を合わせると、
〔下〕「『お
〔シ〕「それで入学当初は
〔仏〕「松尾の方が俺より状況はさらに深刻だった。だから顔だって隠さないと不安でいられなかったんだろう。今のあいつが花粉眼鏡を外したのも肌を隠すことを止めたのも、暑さのせいだけじゃなくて俺たちを信頼してくれた証拠だと思う」
仏像の『マダム』関連事案を知る一同は、それより深刻な事態だと聞かされて顔色を失っている。
〔仏〕「今あいつは人生を掛けた大一番に挑んでいる所だ。だから大切な本番前にトラウマを呼び起こすのは何としても避けたい」
〔下〕「本番って。まっつんまたコンクールを受けるんですか。だって国際コンクールに去年優勝したんっすよね」
何度も舞台に呼び戻されて礼をする松尾を画面で見ながら、
〔仏〕「そのあたりは、飛島君の方が詳しいだろう」
仏像は飛島に話を振った。
〔飛〕「松田君はちょうど今日がコンクール三次予選の第一日目です。それで夏休み期間は部活に顔を出せなかったのです」
〔天〕「何それ、コンクールって一日で終わるものじゃないの」
〔飛〕「僕レベルが出るコンクールならそうですが、松田君が今受けているのは日本で一番ハードなコンクールで、業界関係者からは『生き地獄』と呼ばれているのです」
〔服〕「良くそれで部活を続けてたね。何で
〔多〕「まあその辺は色々あるのよ」
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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