7 四人目のしほり(上) 

 一方こちらは小ホール。

  葛蝉丸かずらせみまる師匠の新作落語『夏椿なつつばき大山昼行燈おおやまひるあんどん』が終わり、照明が煌々こうこうと客席を照らす。


 ぽかんとした顔の老人達とは対照的に、若い落語通はどよめきを上げながら出口に向かっている。


〔三〕「さっ、俺らの出番だ。行かなけりゃ」

 追い出しがかかる中、スタッフ腕章をつけた三元さんげんは忘れ物チェックや眠りこけたご老人の対応に当たる。


〔餌〕「お出口はこちらでーす。お足もとにお気を付けくださーい」

〔仏〕「午後六時に小ホールは閉場致しまーす。お手洗いはお早めにご利用くださーい」

 餌と仏像はお客様誘導係である。


〔松〕「忘れ物見つけました。入れ歯洗浄剤です」

 大ホールでのリサイタルを終えた松尾も、落研有志としてお手伝いに参加中である。




〔葛〕「松田さんも本番後だってのにわざわざ済まないね。先生まで奥様連れで来ていただいてありがたい事で」

 忘れ物チェックを終えた一同に多良橋たらはし夫妻に向かって、着替えを終えた葛蝉丸かずらせみまる師匠が声を掛けてきた。


〔葛〕「これお駄賃だちんね。あなた方が大人だったら打ち上げに呼びたいところだが、酒の席だからね」

〔松〕「えっ、僕にまでそんな。チケット売り上げに協力していただいたのに」

 大人に恥をかかせなさんなと言いながら、蝉丸せみまる師匠はポチ袋を松尾に押し付けた。



※※※



〔多〕「寄り道せずに帰るんだぞ」

 大船でディナーとしゃれこむ多良橋たらはし夫妻に手を振ると、一同は東京方面の電車を待つ。


〔松〕「あれ、下野しもつけ君からだ。『ピンクうさぎ=藤沢史帆理ふじさわしほり=天才少女しほりん』?」

 松尾はしばしスマホとにらめっこをすると、ああああっとホームで大声を上げた。




〈日曜日昼 味の芝浜〉



〔三〕「四人目のしほりの登場だ。どうするシャモ」

〔シ〕「どうするって。こっちが聞きてえよ」

 新たなる『しほり』出現の報を受けた一同は、味の芝浜しばはまに集まった。


〔仏〕「葛蝉丸かずらせみまる師匠の新作落語のモデルは、シャモと『お百度参り(藤巻しほり)』だよな」


〔餌〕「幽霊のおつゆは、元恋人の新三郎しんざぶろうを生き変わり死に変わり探し続けている。それが『夏椿なつつばき 大山昼行燈おおやまひるあんどん』のあらすじですよね」


〔三〕「蛇神の力でおつゆが現世に戻って『しほり』と名付けられた下りなんかもう。『白蛇の塚守り』の都市伝説(※)とつじつまが合ってぞくぞくしたな」

 目を輝かせる三元さんげんとは裏腹に、シャモの表情はすぐれない。




〔シ〕「あの新作落語は蝉丸せみまる師匠の想像の産物だろ。俺が前から言っている通り、空白の一日があるんだっての。俺は広島に行ってヒバゴンに会って大山おおやまに行って」


〔仏〕「だーかーら、それこそがシャモの妄想もうそうの産物なの。とにかく、シャモと『お百度参ひゃくどまいり』の関係は彼女からSNSブロックされて終わった。それで済めば一件落着だったが」


〔餌〕「その後『しほり』が増殖ぞうしょくして、ついに通算四体目が現れたのです。どうしましょう」


〔シ〕「どうするもこうするも。しほりちゃんが姿を消した後、しほりと名の付く女は松田君の前に現れるようになっただろ」

 にやにやしながら顔を近づけるえさを押し返しつつ、シャモは松尾に目線を送る。



〔三〕「竜田川千早たつたがわちはや改め藤巻ふじまきしほりを無視するんじゃねえ。同姓同名だろ」

〔シ〕「あの死にかけ牛筋バアサンはノーカンだろ」

 首を横に振りつつ猛抗議するシャモを右手で制すると、仏像はトントンと指で机をたたいた。


〔仏〕「いったん整理しよう。始まりの『しほり』は藤巻しほり―通称・お百度参ひゃくどまいり―。シャモが鶴巻中亭つるまきあたりていに泊まった後に松尾の前に現れたのが」


〔松〕「バレエダンサーの藤崎しほりさん。それから昨日になって名前が判明したのが藤沢史帆理ふじさわしほりさん―通称・ピンクうさぎ―」

 絶対にただの偶然ですよと笑いながら、松尾はビワの葉茶をすすった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※『白蛇の塚守り』についてはこちらへ。

https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330668749922570

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