普通の恋がしたい件

40 さよならは突然に

 多良橋たらはしの母校・日吉ひよし大学のインカレサークル『かしわ台コケッコー』から仏像達が青田あおた買いを受けている最中、シャモは会場外のベンチでしほりと座っていた。

〔シ〕「あのさ、しほりちゃん。しほりちゃんは結局俺にどうしてほしいの」

 しほりはうつむいたままである。


〔シ〕「『友達から』って言ったよね。それでうなずいてくれたよね」

 しほりの反応は無い。

〔シ〕「友達って言うのはさ、バカみたいな話して笑ったり、時々怒ったりからかいあったり。そういう感じだと俺は思ってる。それに友達同士は、誰かを独り占めしようとはしないよ」

 しほりは感情の無い顔で、立ち上がるシャモを見つめる。


〔シ〕「俺、疲れたわ。ごめん。ちょっと距離を置きたい」

 しほりがはじかれたようにシャモに抱き着いた。

〔シ〕「ちょっと、止めてよ。俺、そう言うのが嫌だって言ってるの」

 シャモは語気を荒げるとしほりを振りほどく。




〔熊〕「おいおい兄ちゃん、女の子に何しやがるんだ」

〔シ〕「誤解です。これはそうじゃなくて、あ、熊五郎さん」

 シード扱いで時間まで外で調整をしていた『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』の面々が、熊五郎の後ろにずらりと並んでいた。



※※※



 家令かれいに事情を伝えて先にしほりを帰すと、熊五郎達はシャモを取り囲む。

〔権〕「あれが藤巻ふじまき家のお嬢さんか。兄ちゃんもやっかいな相手に好かれちまったもんだね」

〔清〕「白蛇の塚守りだろ」

 トラック野郎の権助ごんすけと命知らずの清八せいはちがさも事情通のようにうなずく。


〔権〕「あのお嬢さんの親父さんも、兄ちゃんみたいな見初められ方で結婚したのよ」

 権助が青果市場せいかいちばで働いていた頃の同僚どうりょうの息子が、一目ぼれをされたのだと言う。


〔権〕「気が付いたら一家そろって結婚披露宴けっこんひろうえん。訳の分からんうちに息子が婿養子になっていたんだとさ」

〔清〕「ちょっと普通のお宅じゃないわなあ。財力もけたはずれだし。藤巻家の力は白蛇の塚守りのたまものって噂だあね」

 一回もそんな話は聞いたことが無いとシャモは首をひねる。


〔シ〕「彼女から変なシールを貼られたんですよ。後輩からはナノチップじゃないかって言われて。風呂でふやかそうとしても全然はがれてくれないし」

〔八〕「こりゃウチの阿弥陀あみだ様の掛け軸と同じ字だわ。へえこれは本当にシールかね」

 八五郎がシャモの腕の梵字ぼんじシールを指でこするが、一向にはがれる気配がない。

〔熊〕「肉を斬らせて骨を断つ。いっそ肉ごとシールをぎおとしてみねえか」

〔シ〕「無理無理むりっ。暴力反対! 恐ろしい事を言わんでくださいよ」

 熊五郎なら本当にやりかねないとシャモが震えていると、つと熊五郎が真顔になった。


〔熊〕「つまりあんちゃんは口では嫌だ別れるとは言っているものの、肉を落としてまで縁を切りたいほどじゃない」

〔シ〕「好き嫌い以前に、どんな子か全く分からないんです。出来る事なら二人が出会う前まで時を巻き戻したいぐらいです。それに」

〔権〕「記憶が飛んじまってるんだろ。市場いちばのせがれの時と同じだ。違うのは、藤巻ふじまき家以外での記憶が残っている事」

 お嬢さんはまだ白蛇の力をぎょせないのかねえと言いつつ、清八が梵字ぼんじシールを見やった。



※※※



〔餌〕「シャモさん、もう帰りますよ。今日は美濃屋みのやに帰る日ですよね」

 熊五郎達と別れて会場に戻ろうとしたシャモに、シャモの荷物を持ったえさが声を掛けてきた。


〔シ〕「そうだけど、しほりちゃんに距離を置きたいって言ったからもう藤巻家あっちには行かなくても済むかも」

 淡い期待を抱きつつ、シャモはえさにうなずく。


〔松〕「ええっ。シャモさんどうしてまた急に」

 後ろを歩いていた松尾が、思わず二人の会話に口を挟む。

 まあ、色々限界が来てたのよとシャモがつぶやくと、えさが大きな声を上げた。


〔餌〕「注目ーっ。これより『味の芝浜しばはま』で一並高校落語研究会臨時会議ひとなみこうこうらくごけんきゅうかいりんじかいぎを行います。議題ぎだいはシャモさんの結婚問題について! 良いでしょ三元さんげんさん」

 味の芝浜しばはまの若様である三元さんげん座敷席ざしきせきの確保をお願いすると、えさは早速シャモに事情聴取じじょうちょうしゅを始める。


〔シ〕「何にも覚えてないのに勝手に養子になる話が進んでて、親に売られる勢いで藤巻家に出されて。しかも簿記ぼきと英会話と中国語初級の授業以外、あの家で俺が何をやっているのかが分からないんだぞ。耐えられるかこれに」

〔餌〕「大富豪の椅子と婿入り支度金をゲット。おめでたいじゃないですか。それに清八せいはちさんと権助ごんすけさん情報によると『白蛇しろへび塚守つかまもり』なんでしょ」

 白蛇の皮を財布に入れると金運アップになるってばあちゃんが言ってた、と三元さんげんがあいづちを打つ。


〔仏〕「めでたいじゃねえか。シャモは金の亡者もうじゃレベルに金が大好きじゃん」

〔シ〕「一つもおめでたくねえよ。俺は本当に何にも覚えてないの。記憶の無い間の俺が何をしてるかと思うと」

〔餌〕「春日かすが先生のVIO脱毛を受けて正解でしたね」

 にやにやと軽口を叩く餌に、シャモは冗談じゃねえんだよと叫んだ。



〔シ〕「それに、俺がしほりちゃんとの事を全然覚えていないのを知ったらショックだろ。そんな男が藤巻ふじまき家の婿養子むこようしになるなんて失礼じゃねえか」


〔餌〕「でも清八さんたち曰く、『白蛇の塚守り』なんですよね。あーっ、分かった」

 餌が、通行人が振り返るほどの大声を出した。


〔餌〕「シャモさんは『お百度参り』こと藤巻しほりの本体である白蛇と交尾こうびしている。よってシャモさんの記憶を消しているのでは」


〔シ〕「白蛇と交尾――」

 えさが放った衝撃の一言に、シャモは泡を吹いて道路にうずくまった。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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