41 白蛇に睨まれたシャモ

一並高校落語研究会臨時会議ひとなみこうこうらくごけんきゅうかいりんじかいぎat味の芝浜〉


〔三〕「今日の議題ぎだい岐部漢太きべかんた君と藤巻ふじまきしほりさんの結婚式の出し物についての相談だ」

〔シ〕「シャレになってねえんだよ」

 味の芝浜の座敷ざしきに上がった面々に神妙な顔で切り出した三元さんげんに、シャモの顔色が青ざめた。




〔シ〕「岐部漢太きべかんた君最大の危機なんだよ。藤巻ふじまき家のペースに乗せられたら、いつの間にか結婚披露宴ひろうえんのケーキ入刀まで記憶が飛ぶんだぞ」

〔松〕「往生際おうじょうぎわが悪すぎです。やる事やった上に、お父さんが退職できるぐらいのお金が動いたんです。それで結婚から逃げようって人としてどうかと」

 だから俺はやる事やった記憶がないのとシャモが天井に向かって叫ぶ。


〔餌〕「しかしヒトと白蛇しろへびはどうやって交尾こうびするのでしょうね。こうか、それともこうか」

 えさは両指を空に向けてわきわきさせながら首をかしげる。


〔シ〕「確かにしほりちゃんは俺のタイプだったよ。だけどあれはひどすぎるだろ。皆と電車で帰れなくなったし、こうして話せるのは学校と部活の日だけだし。何で『友達から』ってくぎを刺した相手にここまで束縛そくばくされる必要があるんだよ」


 シャモはビワの葉茶が入ったジョッキをどんとテーブルに置く。

 へびは執念深さの象徴ですからねえと、松尾が他人事のようにつぶやいた。



〔仏〕「あきらめて大人しく身請みうけしてもらえって。お前の両親がどれだけ鼻薬をがされたことか。別れたとて、藤巻ふじまき家からもらった金を返すのは誰だよ」

 藤巻家ふじまきけに泊った時点でシャモは黄泉平坂よもつひらさか(死後の世界)に足を踏み入れてんだよ、と仏像は突き放す。


〔松〕「白蛇しろへびうんぬんを置いておけば、超好条件ですよ。超大富豪御令嬢ちょうだいふごうごれいじょう(和風美人)の何がお気に召さないと」


〔三〕「お前モテない組だっただろ。この確変かくへんを逃したら次はねえって。良いから大人しくしほりお嬢様に水揚げされろ」


 学食で『お百度参り』おせち三段重を平らげた松尾まつお三元さんげんは、ヨモツヘグイ(※)の効用か、やけにしほりの肩を持つ。




〔シ〕「お前ら非モテ野郎どもは勝手な事ばかり言いやがって。俺はしほりちゃんとキスやら何やらどころか、何を話したかすらまともに覚えてねえの。全然美味しくないポジションなの」


〔仏〕「俺が非モテ野郎なら世界中の男は全員非モテだぞ」

〔松〕「非モテ野郎上等。最愛の人にだけ愛されるのが望み」

〔餌〕「僕は女体が好きなだけで、交際結婚は眼中に無いし」

 シャモのあおりにも動じない面々をよそに、三元さんげんは一人ずーんと落ち込んでいた。



〔三〕「シャモの心配なんかしてる場合じゃない。彼女いない歴十八年になったのにまだ何の気配もねえ。いっそ加奈さんに誰か紹介してもらおうか」

〔仏〕「やめとけ。どうせ妖怪ようかいみたいな女をあてがわれるに決まってる。シャモみたいになりたくないだろ」


〔松〕「やる事やってポイ捨て。僕がしほりさんだったら、横っ面張り倒して引きこもりになる事態ですよ」

 松尾が加奈の口調をまねて『みのちゃん最低ー』とシャモを責める。




〔シ〕「だーかーらー! 俺には一切の映像も音声も感触も記憶に残ってないの。しほりちゃんが美人だろうが金持ちだろうが関係ないの。やる事やったかどうかの証拠もないの。それに、白蛇しろへびうんぬんを置いておけるか。相手は哺乳類ほにゅうるいですらないんだぞ」


〔餌〕「一等航海士いっとうこうかいしの退職金を補って余りある額が一気に入るって言うなら」

〔シ〕「婿養子むこようし前提の話だぞ。しほりちゃんが白蛇の化け物だったとして、ずっと一緒に暮らせるか」


〔餌〕「えっ、蛇って人間より寿命短いじゃないですか。精々持って二十年ぐらいでしょ」

〔松〕「サイコパスだ、サイコパスが隣にいるうっ怖いいいい!」

 しほりの寿命を推測しながらビワの葉茶を飲み干すえさから、松尾は距離を取った。


〔仏〕「ああ、そう言う事。なら藤巻ふじまき家が慌てふためいてシャモを婿むこに取る気持ちも分からんではない。今しほりさんって高三だよな」

 アホの子と化した仏像が、セミロングヘアを揺らしてうつむく。


〔松〕「何でしほりさん白蛇説を確定させちゃうんですか。白蛇うんぬんは比喩ひゆ表現でしょ。何でチョロ仏化してるんですか」

〔シ〕「じゃ何で俺の記憶が毎回消されるんだ。おかしいじゃん」


〔松〕「おかしくないです。シャモさんが強い自己暗示に掛かったから、しほりさんのリムジンに乗る事がトリガーになって催眠さいみんが掛かるんですよ」

〔シ〕「どう言う事だよ」

 シャモがじっと松尾を直視した。




〔松〕「僕の仮定ですが、今のシャモさんには『しほりさんのリムジンに乗ると記憶が飛ぶ』強力な自己暗示が入っています。その状態で、『白蛇の塚守つかまもり』なるキーワードを信頼できる人から聞いた」

 松尾は眼鏡の奥の瞳を、獲物を定めた野獣やじゅうのごとく光らせた。


〔松〕「それらの断片的な情報を脳は一本の『物語』に統合する。そして『物語』の真実性を高める情報だけを、脳が集めるようになる」

 餌さんの軽口を、いつものシャモさんなら気にもしないでしょうにと松尾はため息をついた。



※※※



〔み〕「あんたは本当に野暮天やぼてんだね。その白蛇のお嬢さんとしては『鶴の恩返し』的なつもりなんだろ」

 いつの間にか空皿を下げに来たみつるが、呆れたようにシャモを見る。


〔シ〕「夜行バスで九州に行ってくる。三元さんげん、着いてきてくれ」

 しばらく考え込んでいたシャモは、スマホ片手にすっくと立ちあがった。


〔三〕「何でだよ」

〔シ〕「チャンネル登録者十万人超えの認定証にんていしょうを火山に捨てに行く」

 さっそくシャモはスマホでルート案内を検索し始めた。


〔松〕「火山なら群馬にあるじゃないですか」

〔シ〕「湘南新宿しょうなんしんじゅくライン一本で行ける所じゃ、苦労した感が出ないじゃん」

〔仏〕「認定証を火山に捨てても時は戻らねえ。お百度参ひゃくどまいりに会う前の平和な世界も戻らねえ」

〔シ〕「だったらどうすりゃ良いんだよ」


〔み〕「何バカ言ってんだこのトントンちきが! あんたがたは声がデカいから、店に全部筒抜つつぬけなんだよ」

 川崎大師かわさきだいし名物のくずもちを並べながら、みつるは取り乱すシャモをあきれ顔で見る。


〔う〕「面白そうな話だから、ちょいと仲間を呼んじまったよ」

 松脂庵まつやにあんうち身師匠の後ろから、ひょっこりと二人の男性が顔を出した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※ヨモツヘグイ 日本神話に出てくる『黄泉よみの国』のかまどで煮炊きした食事を摂る事。ひとたびヨモツヘグイをすると現世に戻れなくなる。

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