ここはモナコ・モンテカルロ

25 Uはどうしてモナコへと

 シャモが鶴巻中亭つるまきあたりていで頭を丸めて四か月にならんとする、シルバーウィークの某日ぼうじつ

『皆様、シルバーウィークはどこにお出かけでしょう。ここはモナコ・モンテカルロ。絶対に』

『日本優勝!』

 モナコ・モンテカルロの広場前で、カメラの前でマイクを握るシャモ。

 そのかたわらでは、日の丸ハチマキにペン回しTシャツを着こんだ一団が怪気炎かいきえんを上げている。


『さあ、ペン回しワールドカップモナコ大会がついに始まります。大変な熱気ですね。本日現地時間午後一時には、ペン回し個人フリースタイル日本代表のロトエイト選手が登場します。本日はペン回し協会の筆豆ふでまめ理事をゲスト解説にお招きして、ペン回しワールドカップの様子をお伝えいたします』

 本職顔負けのレポーターぶりで仕事をこなすシャモ。



『ここはモナコ・モンテカルロ! 絶対に』

『日本優勝!』

 あだ名の由来である『シャモのような寝ぐせ』がつきはじめた髪を、真っ赤に染めてソフトモヒカン風に仕上げ、日の丸ハチマキにハッピ姿。

 その後ろに控える日の丸ハチマキにペン回しTシャツ姿の応援団。

 シャモと愉快な? ペン回し軍団は、かの有名な広場の景観けいかんを台無しにしている所である。


「ハイっ。カット(大爆笑)! みのちゃんいい仕事するわあ」

 みのちゃんことシャモをモナコに連れてきたHDLの富士川Pが、けたたましい声で笑いながらディレクションをする。

「残りの収録しゅうろくはみのちゃんに全部ぶん投げて、カジノに行きてえな」

「ちょっとちょっと富士川さん。冗談でしょ。俺、英語もフランス語も無理だって」

「みのちゃん、時代はAIよ」

「ちょっと待って。どこにAIが」

「んじゃ、一時間後に会場前に集合な」

「富士川さーん!」

 ハンディカメラをしまいながら太ましい体を揺らすと、富士川ふじかわはシャモの呼びかけを無視して歩き去っていく。


「マジで行っちゃったの。どうしよ。筆豆ふでまめさんも用事なんですか。僕もご一緒しても。えっ、協会関係者以外は立ち入りできないって。本当に行くの」

 あわただしく会場方面へと消える筆豆ふでまめ理事と関係者を見送ると、シャモは広場前に座り込んだ。


 ヨーロッパの中でも圧倒的に治安の良い地域であるのは不幸中の幸いだが、悪目立ちする格好かっこうで一人ぽつねんと取り残されたシャモ。

 『横浜の高校生がワールドカップへ出場』のキャプションにニュースバリューを見出した富士川Pに言いくるめられたのが運の尽き。

 『みのちゃんねる』での映像素材の使用許可と引き換えに、モナコ・モンテカルロを象徴する広場に放置されてしまった。


「ちょっ。ホント、何でこんな事に。富士川さんの口車に乗った俺が馬鹿だった」

 世界各地からやって来た観光客たちの失笑を浴びつつ歩く事十分。

 シャモの目が、一点にくぎつけとなった。


「やっぱり、彼女こそ『しほりちゃん』だ。多分、きっと、おそらく」

 古めかしい建物の壁面に張り出されたバレエダンサー・藤崎しほりのポスターを、シャモは目を見開いて凝視している。

 騒がしい着信音にも気づかぬまま立ち尽くすシャモに観光客たちが奇異の目を向けていると、背後から聞きなれた声がした。


「シャモさん、松田です。着信音が聞こえませんでしたか」

「えっ、松田君?! Uはどうしてモナコへと?」

 シャモの問いかけに、松尾は不敵な笑みを浮かべた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。『ペン回しワールドカップ』の内容についてもフィクションであり、実際のペン回し大会等とは無関係ですのでご承知おきください。

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