25-2 二人の男

 まさかモナコで知り合いに会うとは思いもよらなかったシャモ。そのもっともな問いに、松尾は藤崎しほりのポスターを指さした。

「藤崎さんのこのプログラムでは、僕の音源を使用しているのです。それで、坂崎先生のモナコ在住のお友達から招かれまして。世間は狭いですね」

 シャモのトサカのように真っ赤な髪に日の丸ハチマキとハッピ姿で猫背のシャモ。

 対して、青いロングカーディガンに白い立襟たてえりシャツ姿の松尾。

 互いに長身ながら、奇抜で目を引くシャモと、いかにも良家の子息然しそくぜんとした松尾は、まるで磁石の両極のようである。


「松田君が藤崎さんのバレエに合わせてピアノを弾くの」

「そんな器用な事は僕には無理ですよ。ビーチサッカーの練習試合後に新百合ヶ丘しんゆりがおかに行った日があったじゃないですか。あの時に藤崎さんとスタッフさんたちと打ち合わせをして、後日録音をしたんです」

 へええ、とシャモはほうけたように松尾を見た。


「俺なんて、HDLの富士川Pに渡航費用とこうひようを出してもらったは良いけど、放置プレイ。言葉も通じねえし、腹は減ったし。住んでる世界がそもそも違うよな」

 シャモが愚痴ぐちを吐くと同時に、大きな音が腹から鳴る。

「もし良かったら、坂崎先生のお友達と一緒にお昼でも。ブイヤベースのおいしい店があるそうですよ」

「それが、四十分後にはペン回しの会場に行かなけりゃ」

「であれば……」

 松尾はむむうとうなると、見飽きた看板のカフェにシャモを連れて行った。


※※※


「しっかし、モナコまで来てフラペチーノとマフィンを頼むとは思わなかったぜ」

「味が分かっているこの安心感。旅先だと頼りっぱなしです」

 モナコ・モンテカルロ地区の景観を台無しにするお互いの顔を見合わせながら、シャモと松尾はぶっと噴き出しそうになる。


「せっかくだから藤崎さんの舞台を見ませんか。コンテンポラリーダンスのもよおしなので、クラシックバレエのように話の筋が分からなくても大丈夫。終演後には坂崎先生のお友達の家で食事をする予定なので、シャモさんもぜひ」

「何言ってるの松田君。いやいや無理無理ーっ!」

「何でですか。藤崎しほりさんが『しほりちゃん』候補の筆頭なんですよね」

「そうだけど。いや、そうだから無理なの。その辺の乙女チックな男心、分かって。いや、野獣やじゅうには分からないか」

「野獣じゃないです。僕は松田松尾、もうすぐ十六歳です」

 ブルブルととさかのような赤髪を振るシャモに向かって、松尾はぷんすこと鼻を膨らませた。


「それでさ、松田君にとって藤崎しほりさんって何なの」

「仕事相手ですよ。それ以上でも以下でもありません」

 改まって松尾に問いかけたシャモに向かって、松尾は至って平静に答えた。

「だったらピンクうさぎ(藤沢史帆理ふじさわしほり)さんは」

「何かちょっと面倒くさい人」

 松尾の答えは明快だ。


「だったら……。松田君って誰が好きなの。誰が本命?」

「ファンの皆様?」

 にやりと意味深な笑みを浮かべた松尾は、フラペチーノを吸い上げた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る