25-3 イケメンハンター赤飯

 モナコに居ながらにして横浜でも見飽きるほどに見飽きた店を出ると、松尾は大きく伸びをしてシャモに手を振った。

「では僕はこれで失礼します。シャモさん、お気を付けていってらっしゃいませ」

「松田くーん。嘘でしょ。無理、俺一人無理いいいっ。海外旅行初めてなんだよ。何て言うの。モナコってセレブじゃん、お上品じゃん。すっごく居心地悪いの。英語の成績悪いんだって。会場まで送ってよ」

 シャモは震えながら松尾を引き留めるも。


「ではそんなシャモさんに質問です。『英語がダメならフランス語を話せば良いじゃない』とは誰のお言葉でしょう」

「何そのフランス革命的な一言は」

「ざんねーん。正解は、松田松尾様(群馬県出身)のお言葉です。と言う訳で、シャモさんは不正解だったのでお一人で会場へどうぞ」

「ちょっと待って。ここに来てキャラ変する気なの。俺の知る松田松尾君はそんな事を言う子じゃありません。反抗期なの?! 俺英語は無理だってば。松田君が通訳してよ。海外進学コースでしょ。フランス語の授業もあるでしょ」

「通訳なんて出来ないに決まってるじゃないですか。大体こんなのはね、スマホとガイドブックと度胸で乗り切るしかないんですよ。僕は昼食としてブイヤベースを食べる重大ミッションがありますから。では学校で」

 スーパードライ食いしん坊モードを発動させた松尾がきびすを返すも。


「松田くーん(泣)」

 銀縁眼鏡ぎんぶちめがねに黄色のポロシャツを着た出来の悪い小学生のように叫ぶシャモ。

 青いロングカーディガンに白の立襟たてえりシャツに身を包んだ松尾は、シャモにホールドされて本場のブイヤベースを泣く泣くあきらめた。


※※※


「あーれーっ。日本の方あああ? 奇遇きぐうやわあ」

 ブイヤベースを食べ損ねた松尾がシャモと一緒に会場へと歩いていると、脳天から一直線に宇宙空間へと突き刺さるレーザーのような女の声がした。

 シャモの赤髪とハッピハチマキが遠くにかすむような、傾奇者かぶきものとでも言うべき装いの一団。今ではめったにお目に掛からないチンドン屋スタイルだ。


「モナコで寄席よせ? 紙切りにマジックはともかくとして、落語はハードルが高くないっすか」

「あれお兄さん。もしかして通?」

「僕ら落研の先輩後輩です。こっちの偉そうな青いカーディガンが後輩」

 もらったビラを見ながら、松尾はシャモの隣で黙ってうなずく。


「まあ、高校生が二人連れでモナコやなんて、セレブ高校の修学旅行?! すごいわあ。これお友達と先生にも。三日間の公演やから、自由時間にいらしてええ」

 女は一切人の話を聞かないタイプのようだ。


「あれ、仲入なかいり(休憩)前が小柳屋赤飯こやなぎやせきはん師。シャモさん、彼女は確か御米師匠おこめししょうの妹弟子でしたよね」

「松田君?! いつの間にそんなに詳しくなった」

「御米師匠とご縁が出来たので、失礼の無いように一門いちもんの方を調べてみまして」

「へえええっ、お兄さんは御米師匠おこめししょうの知り合いなん? 赤飯せきはんちゃんが喜ぶわあ。来るやろ、来てや。赤飯せきはんちゃんは若いイケメン君が大好物やねん。またの名を『イケメンハンター赤飯』やねん。もう絶対食いつくねんすっぽんやねん」

「えっと、あー。その、他の用事とかぶってしまって行けないですね。ご盛会せいかいをお祈りいたします。シャモさん、待ち合わせに遅れますよ、行かなきゃ」

 松尾が失言を取り返そうとしても時すでに遅し。

 ぺこりと女に頭を下げると、シャモを引きずるように会場方面に逃げ去った。


「高校の落研。二人連れ。シャモさん。赤髪ソフトモヒカン。ちょっと猫背気味のやせ型長身。松田君。黒髪長身クール系イケメン君。ガタイ良し。他の用事。御米師匠とご縁……。OK、把握。赤飯ちゃんに報告や」

 女はにやりと笑うと、ふところからスマホを取り出した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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