28 ハイ、キュー!

 葉山の海をバックに、特に新入部員を中心としてみっちりと鍛え上げられる『落研ファイブっ』。

〔跡〕「インサイド意識。そう、ここにミートするように。股関節こかんせつをもっと柔らかく。ハイ、キューっと伸ばす!」

〔石〕「可動域かどういき狭っ。元野球部バロス」

〔今〕「痛い、痛いっすよ」

 右アラ(MF)の控えである今井は、『かしわ台コケッコー』の左右アラ(MF)である跡出悠あとでゆう石崎志保理いしざきしほりに挟まれながらスパルタ教育を受けている。

〔今〕「痛い、そこもっと痛い」

 痛い痛いと連呼する今井の鼻の下がだらしなく伸びているように見えるのは、決して気のせいではない。


〔井〕「ちきしょーっ。俺も今からアラ(MF)にコンバートしてもらうか」

〔大〕「井上君、そんな事を言ったら元バスケ部の4番が泣くぞ。来年からは一並ひとなみ高校ビーチサッカー部の4番(フィクソ/DF)だろ」

 『かしわ台コケッコー』のキャプテンでフィクソ(DF)を担う大和は、今井を恨めしそうに見やる井上に苦笑いする。

〔井〕「いや、4番は政木まさき(仏像)だし」

〔仏〕「俺は元々落研部員だぞ。分離後は落研に残るに決まってるだろ。受験勉強もあるし、体育会系部活なんて付き合ってられるか」

〔井〕「嘘だろ。政木まさき無しでどうやって戦えと。無理すぎ」

〔仏〕「無理じゃねえだろ。それに、バスケ部の4番を捨ててこっちに来たんだ。バスケ部以上の活躍をして見返したいと思わねえか」

〔井〕「いや全然。政木と一緒に試合が出来ねえなら意味ねえよ。三年になったら政木もビーチサッカー部に移籍しろよ。落研の方はパンダ(餌)が上手くやってくれるって」

〔仏〕「そうは行かねえ」

 仏像はそれだけ言うと、『かしわ台コケッコー』の男子Aから打ち上げられるクロスをクリアする練習に戻った。



〔今〕「俺、やっぱりギャグ専門で落研に行くかも……」

 女子二人に挟まれてウハウハモードだったはずの今井は、余りのスパルタ教育にすっかり精魂尽き果てている。

〔井〕「今井君が落研に行くなら、政木(仏像)はビーチサッカーに専念出来るだろ」

〔仏〕「良くねえよ。ギャグしか出来ない落研の三年って、何を下級生に教える気なんだよ」

 仏像は、女子大生二人に精を抜かれに抜かれた今井の屍を冷たく見下ろした。


〔井〕「政木まさきだって落語はやらないだろ。一年の文化祭は影絵。この前は仏像の形態模写。影絵はともかく、仏像の形態模写なんてどこに需要が。政木まさきこそ何を教えるつもりだ」

〔仏〕「俺は見る専。三元さんげんほどでは無いにせよ、一応メジャー所の落語の筋と有名な落語家は分かるし、何を初心者に見せれば良いかも把握している」

〔井〕「まったく。中学時代のあれやこれやのせいで目立つのが嫌になって、落研に逃げ込んだとばかり思っていたが。一年半で落研色にどっぷり浸かったって訳か」

〔仏〕「とにかく、俺は餌とも約束したから。だから来年は『落研』一本な」

 ごねる井上をよそに、仏像は足早にペンションへと戻るとスマホを取り出した。


〔松尾、今大丈夫?〕

 仏像が発したSNSは、松尾にはすぐに届かなかった。

 仏像が松尾にSNSを送信した瞬間、モナコにいる松尾はけたたましい笑い声の速射砲を浴びせられていたのである。


※※※


「いやいやいや、『談話室マスター』でそばを押し付けたイケメン君が、あの若き天才ピアニスト・松田松尾まつだまつお君だとは思わなかったねえ(哄笑)」

 シャモをモナコに連れてきた張本人・HDLの富士川Pから繰り出される暴力的なまでの爆笑が、仏像からの着信音どころか、ペン回しワールドカップモナコ大会の喧噪すら蹂躙じゅうりんする。


「どうです。会場に来たからには特別ゲスト出演と行きましょうよ。ささ、どうぞこちらへ。ハイ、キュー!」

「お断りします」

「ちぇっ、ノリが悪いなあ。みのちゃん(シャモ)、後輩の教育がなってないよ」

「お坊ちゃまと見せかけて、ただの食いしん坊野獣ですから。俺ごときに調教できる訳が無いでしょう」

 富士川のペースに乗せられる前に、松尾はにべもなく富士川の提案をそでにする。


「仕方ないな。そろそろ選手控室に行こうか」

「ではシャモさん、富士川さん。僕はこちらで失礼します」

「冗談言っちゃいけないよ天才ピアニスト松田松尾君。ロトエイト選手は高校の先輩でしょ。見なくてどうする」

「えっ、いやちょっと待って。僕は別件でモナコに来たので」

「『それではいざ、出陣の時いいいい』。みのちゃん、首をもうちょっと後ろに逸らそう。松田君も画角に入れるにはっと。ハイ、キュー!」

「キューしない! 僕はゲスト出演しません!」

 これ幸いと逃げ出そうとした松尾。しかし歴戦の名物Pである富士川Pの辣腕により、逃げ出す暇どころかスマホを確認する余裕すら与えられない。

 頑なに富士川Pのペースに巻き込まれまいとしたものの、関係者パスを捕物縄のように掛けられた松尾は、無情にも関係者入り口に飲み込まれていった。


※『談話室マスター』→https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330660256249381


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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