27-2 昆布と化した王子

〔オ〕「ジュゴン、アタシたちも試合に出ても良い?」

 第一ピリオドの終了を告げる笛と同時に、いつの間にやら試合を見に来ていた『モナコ・モンテカルロ』のオーナーが、仏像父に声を掛けた。

 現ペンションオーナーにして、仏像父が『ピーマン研究会』を立ち上げたきっかけであるかつてのヒロインは、有無を言わさぬ圧の強さだ。その後ろには『ピーマン研究会』メンバーが五人。いずれ劣らぬ中年体型である。


〔仏父〕「ちょっと待って。そればかりは僕でも決められないよ。たーちゃん先生、大和やまと君、どうかな」

 仏像父は助けを求めるように多良橋たらはしを見た。

〔多〕「未経験者相手じゃ練習にならないなあ」

〔オ〕「たーちゃん先生、フットサルの経験者じゃ役に立たない?」

〔多〕「フットサル? ルールが結構違うんじゃ」

〔大〕「確かに練習試合としてのレベルは落ちるかもしれませんが、このメンバー数でフルピリオド(※)の試合を二本やるのは結構ハードです。入ってもらいましょうよ」

 就活を控えつつもビーチサッカーにのめりこんでいる大和は、同じ日吉ひよし大学の先輩でもある彼らに恩を売っておきたいようだ。


 かくして権力を持った乱入者たちにより、ポジションぐちゃぐちゃの草サッカーと化した試合は――。

〔下〕「今度の練習試合からは、せめて審判団は外から呼んだ方が良いっすよ」

 下野しもつけはだめだこりゃとばかりに戦術分析ノートを閉じると、そそくさと会場を後にした。


〔樫〕「うちの祖父たち(『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』)が仲直りしてくれれば、審判や指導係として呼べるのですが」

 樫村かしむらは砂の上で大の字になるかつての青年たちを見下ろしながら、首を横に振る。

〔多〕「熊五郎さんだけでも駄目かね」

〔樫〕「カラオケパブの一件で清八せいはちさんと仲たがいしたままですから、ダメでしょうね。今じゃビーチサッカーのビの字も出ませんよ」

 樫村は砂の上から体を起こした服部に、ペットボトルの水を渡した。


 その隣には、ほぼフル出場した上に精神疲労が重なってやつれた仏像が丸太のように転がっている。そこに追い打ちをかけるように、仰向けで寝転ぶ仏像をれんと仏像の父が上からのぞき込んだ。

〔仏父〕「五郎君大丈夫?」

〔れん〕「お水どうぞ」

 仏像がかつてスノボの王子様だった頃からのファンである井原いのはられん。

 仏像とぶつかっただけで鼻血を吹くレベルだった井原れん。

 それが、まるで仏像がただのモブ男と言わんがばかりのテンションで水を差し出してくる。

〔仏〕「どうも(ったく、何なんだこの女。調子狂う……)」

 そんなれんにいらだちを押さえてペットボトルを受け取った仏像は、ペットボトルの水を頭からかぶる。

 多良橋たらはしは砂浜に打ち捨てられた昆布のような仏像を見下ろすと、『かしわ台コケッコー』キャプテンの大和やまとを呼び寄せた。


〔多〕「大和君。第二試合は無しにして、そっちでやっている練習メニューを教えてもらっても良い?」

〔大〕「そうですね。レベルにバラツキがあるから、初心者組と経験者組に分けましょう。それにしても、ゴー君(仏像)大丈夫? 味の無くなったおしゃぶり昆布みたいになってる」

〔仏〕「……、ゔあ」

 大和やまとが昆布と化した雪の王子様に憐みの目線をくれる中、仏像は謎のうめき声と共に立ち上がった。


※フルピリオド 一ピリオド(十二分)を三回分(計三十六分)。それに加えて第一ピリオドと第二ピリオド終了後にインターバル(三分)が入る。


※『奥座敷オールドベアーズ』→https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330660047796401

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