27 第二期『落研ファイブっ』初試合

〔大〕「多良橋たらはし先生、そろそろ始めますか」

 秋の日が中天ちゅうてんを超えたあたりで、大和やまとが多良橋に声を掛けた。

 ちなみに大和とういは仏像父子とは別のテーブルに座っていたので、気まずい空気には一切ノータッチである。

〔仏父〕「五郎君、ファイトだお!(^^)!」

 スマホ片手に手を振る父に、仏像は複雑気な顔を向けてうなずくと軽く足首を回した。

〔多〕「下野しもつけ君、戦術分析官せんじゅつぶんせきかんをやってよ。試合に出るわけじゃないから良いでしょ」

〔下〕「良いっすよ。その代わり試合は絶対出ないっす」

 サッカー部新監督の荒屋敷あらやしきからオーバーワーク禁止を口酸っぱく通告されている下野は、多良橋たらはしに念を押すと新生『落研ファイブっ』の輪に加わった。


※※※


 新生『落研ファイブっ』のスタメンは以下の通り。


【ピヴォ(FW)樫村かしむら/右アラ(MF)服部/左アラ(MF)仏像 /フィクソ(DF)井上/ゴレイロ(GK)長門】

 控えには応援部の二年生が二人と、野球部から転部してきた今井。

 相変わらずメンバー交代もままならないほどの少人数だ。


〔下〕「今井さん、今日の試合は全くイメージがわかないっすね」

〔今〕「かなりメンバーが変わっているからなあ」

 松尾と三元、それに飛島の筆跡が踊る戦術分析ノートを広げた下野は、隣に座る今井に声を掛けた。

〔下〕「それにしても、何でしこしこさんが『かしわ台コケッコー』側ベンチにいるんだろ」

 下野しもつけは仏像の父とピッチ上の仏像をかわるがわる見る。仏像は明らかに不動明王ふどうみょうようと化したような険しい表情である。



〔下〕「さすがに樫村かしむらさんは慣れとるな」

 『落研ファイブっ』にビーチサッカーを指南した樫村熊五郎かしむらくまごろうの孫であり、『奥座敷オールドベアーズ』の控えメンバーであった元応援部長の樫村。

 深いリーチでボールを拾ってはシュートを打つ樫村に、下野は拍手を送る。

〔多〕「Almost惜しいっ!」

 樫村のシュートがバーをたたき、こぼれ球を仏像がボレーするもののわずかに横にそれると、多良橋が頭を抱えて叫ぶ。


〔多〕「今井君、服部君と代わって右アラ(MF)で」

〔今〕「よっしゃいっちょぶちかましますか。ライーっ!」

 謎の奇声を上げた今井は、軽くアップを済ませると服部を迎え入れる。

〔多〕「服部君お疲れ。樫村かしむら君と井上君とは上手く合わせられそう?」

〔服〕「樫村さんは安定感が半端ないですね。さすが経験者。井上君は何だかんだでフィクソ(DF)が一番やりやすそうですね」

〔多〕「そうだよな。ついつい樫村君を第一チョイスにしたくなるが、でも彼は三年生だからな。第二ピリオドは二年生主体でやってみるか」

 多良橋は応援部の二人をちらりと見る。

 ひょろりとした長身のつかさ。昭和の中小企業のワンマン社長的な富合とみあい。二人ともとても高校生とは思えぬ風体だ。


〔多〕「富合とみあい君をゴレイロ(GK)に入れて、樫村君を下げて長門ながとをピヴォ(FW)。いや、つかさ君はピヴォ(FW)専門だっけ。そしたら長門を休ませて司君をピヴォ(FW)で。いやいやそれだと政木まさき(仏像)が出ずっぱりになるな……。ねえ、下野君」

〔下〕「ダメっす。荒屋敷あらやしき監督を通してください」

〔多〕「ちっ、ケチケチーっ」

 多良橋が口をあざとくとがらせるも、下野は我関せずで戦術分析ノートとピッチに目を行ったり来たりさせている。



〔服〕「7番(石崎志保理)が案外手ごわい。トップスピードに乗るのが早いんだよね」

〔下〕「やっぱそうっすよね。俺が自転車に乗っているのに、逗子ずしと葉山の境あたりからここまで走ってついて来たっすもん」

 左アラ(MF)を務める石崎志保理は、まるでグラウンドサッカーのような初速で今井を置き去りにする。

 ちなみに『かしわ台コケッコー』のスタメンは以下の通り。

【ピヴォ(FW) 井原いのはらうい/右アラ(MF)男子A/左アラ(MF)石崎志保理/フィクソ(DF)大和仁やまとじん/ゴレイロ(GK)男子B】


〔下〕「今井さんは無駄走りが多いっすね。あれじゃすぐにばてるっすよ」

〔服〕「やる気はあるんだけど。こっちも初心者レベルだから、どう教えたら良いか分からなくて」

〔下〕「平和十三ピンフジュウソウ学園ともう一度練習試合を組んで、粟島あわしま監督に見てもらう訳には行かないっすかね」

〔多〕「向こうは公式戦の真っただ中だから無理だろうな。練習試合を組めるとしたら三学期か。いや、二月にも試合があるって話だし」

 今井の空回りぶりに三人が頭を抱えているうちに、当の今井が大和やまとに足を引っかけられて倒れた。

〔下〕「あっ、今井さんがFKを取ったっす」

〔多〕「今日の笛は公正だな。平和十三ピンフジュウソウ学園の時とは大違いだ」

 相も変わらず審判役を相手チームに頼る『落研ファイブっ』。

 主審を務めるのは跡出悠あとでゆう。第二審は男子C。

 二人の気質なのか『かしわ台コケッコー』のモットーなのか、フェアプレイを重んじる二人の笛は実にストレスフリーである。


〔下〕「それにしても『かしわ台コケッコー』こそ交代メンバーがいないっすよ。二人を審判に出したおかげで、控えは井原れんさんだけっすね」

〔服〕「早い所れんさんを試合に出して欲しいよ。あのままじゃ、政木まさき君の人相とオーラがどす黒くなる一方だよ」

 『かしわ台コケッコー』ベンチでは、井原れんと仏像父が並んで座るのみ。

 仏像の顔は、不動明王ふどうみょうおうの頭に般若はんにゃの面を乗せたような険しいものになっている。それが試合の疲れのせいでは無い事は、誰の目にも明らかだった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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