26-2 それ以上良くない

 多良橋たらはし特製のブイヤベースにパエリアを二つのキャンピングテーブルに並べて、コップを配る大和とうい。

 その隣で仏像が紙皿を人数分数えていると、パンの袋を下げた仏像の父が、大きなサラダボウルを抱えたれんを引き連れてキャンピングテーブルへと近づいて来た。


〔仏父〕「お待たせ。このパンはオーナーからの差し入れだよー」

〔れん〕「サラダもどうぞ」

〔仏〕「あっ、いつの間に。全く油断もすきもねえ」

〔大〕「だから言わんこっちゃない。二人で観覧車に乗ったかと思えば仲良くお料理。このままだと、れんちゃんがゴー君のお母さんになっちゃうよ?」

〔仏〕「かかか観覧車?!」

 思わず裏声を上げる仏像。その脳裏には、二学期の始業式前に見た悪夢(※)がくっきりとよみがえる。


〔仏〕「あの二人がくっつくなんて認めない。そんな悪夢のような事が許される訳が無い!」

〔うい〕「うちだってゴー君の義理のおばさんになるなんて嫌ったいのら。れんちゃんがゴー君のお母さんになるのが嫌なら、しょろしょろ(ぐだぐだ)せずにれんちゃんと付き合うのら」

〔仏〕「しょろしょろって何? そもそも、俺はファンには手を出さない主義」

〔うい〕「れんちゃんはただのファンとは違うのら。七年越しのゴー君ファンだら」

〔仏〕「もっとたちが悪い」

 仏像は、テーブルにサラダボウルを置くれんを見ながらため息をつく。


〔多〕「そんな事ばっかり言っているから『実はモテないキャラ』が定着するんだよ。文化祭の大喜利おおぎりもそれで行きゃもっと受けたのに」

〔仏〕「お・こ・と・わ・り!」

 実は喪男もおとこムーブばかりかましていることがバレつつある仏像は、強い口調で多良橋たらはしに返した。


〔服〕「それにしたってしこしこさん(仏像父)ってカッコいいよね。あんな風に年が取れたら最高だな」

〔長〕「色気が半端ないもんな。それにめっちゃ金持ちだし、出来る男だし、ユーモア満点だし包容力ほうようりょくがあるし」

〔多〕「だろ。『しこしこさん』キャラで警戒心を解いておいて、一気に距離を詰める。俺が女ならころっと行くね」

 元プロレス同好会の服部に長門の感想に、多良橋たらはしはにやつきながら応じる。


〔仏〕「冗談でも止めろ。自分の息子と二才しか年の離れていない女に手を出すほど節操が無いとは思いたくない。だが『しこしこさん』モードが限界突破した時の破壊力を考えると」

 考える人ポーズで頭を抱える仏像に、さらなる事実が告げられる。

〔大〕「あの二人は観覧車から降りた後にコーヒーカップにも一緒に乗ったしな」

〔うい〕「れんちゃんが今付けているチョーカーも、しこしこさんが選んだに」

〔大〕「あのローファーもしこしこさんのお見立てだよな」

〔うい〕「あの時にれんちゃんはかえち(着替え)の服も買ってもらったのら」

〔仏〕「コーヒーカップ?! チョーカー?! 靴に服? ちょっと待てそれって――」

〔大〕「ペットボトルクーラーを運ぶのを手伝えだって。うい、行こう」

 顔面蒼白がんめんそうはくになった仏像が詳しい話を聞こうとしたところで、大和とういははじかれたようにペンションの玄関へと向かった。



 そしてお楽しみのオープンランチの時間と相成ったのだが――。

〔仏父〕「ねえねえ五郎君、このドレッシングもれんさんの手作りだよ。れんさんは何でも出来てスゴイよ」

〔れん〕「十五じゅうご先生(仏像父)から頂いた手作りバナナケーキも美味しかったです。十五先生こそ何でも出来てすごいです」

〔仏〕(バナナケーキだあ? それはそこの脳みそお花畑が試食販売で買い込んだバナナを処分しようと作った力作だ。オーブンに出し入れした他は何も手伝ってねえだろ。それを自分の手作りだと? どこに持って行ったかと思えば。バナナケーキを、よくも、よくも……)

 ブイヤベースを食べる仏像の手が思わず止まる。


〔仏父〕「十五先生ってそんな他人行儀な。僕の事は『ジュゴン』でも『ジュゴタン』でも『おじさま』でも『おとおたま』でも好きに呼んでよ」

〔れん〕「そんな。十五先生の事を『おとおたま』だなんて」

 『十五先生』って何だ。俺の知らぬ間に一体――。

 仏像の目の前でお花を飛ばし合う二人を見ながら、冷え切っていく仏像のはらわた。

 そんな仏像の異変に、目の前の二人が気づく様子はない。


〔れん〕「十五先生(仏像父)に手伝ってもらえて本当に助かりました。あんなに硬くて高級なチーズを頂いても、私の力ではとても」

〔仏父〕「イイのイイの。れんさんのためならオジサンがんばっちゃうぞお!(^^)! 五郎君、このチーズはダディがおろし金で頑張っておろしたよ。食べて食べて」


 多良橋たらはし特製のブイヤベースとパエリア。差し入れのパンに井原れん特製のサラダ。

 カラフルな食卓と目の前に座る父親の口数に反して、仏像の口数はごく少なく、そのこめかみには青筋が立っていた。

 そんな仏像の臨界点にいち早く気付くのは、やはりこの男。


〔多〕「スノボの王子様こと政木五郎まさきごろう君。カッコつけてやせ我慢のあげくに自爆。これは痛い」

〔下〕「しこしこさんって本当にれんさんねらいなんすかねえ。俺が息子だったら家出するっす。だって息子とほとんど年が変わらないんっすよ。それに、政木先輩はれんさんの事を本当は好きなんかな。だったら悪夢っすね」

 多良橋と下野は仏像父子から少し離れた席で、引きつった表情でブイヤベースをつつく仏像を盗み見る。


〔多〕「ゴー君(仏像)のゴーは強情のゴーだからなあ。れんちゃんがゴー君ファンである以上は、れんちゃんの事が好きでも付き合わないだろうね。少なくともしこしこさん(仏像父)には下心はないと思いたいけど……。天然の人たらしで男女問わずめちゃくちゃにモテまくるらしいよ」

〔下〕「一切悪気無しってのがパねえっす」

〔多〕「それ以上良くない。『おとおたま』」

 仏像父子の食事風景に、下野と多良橋はぞぞっと背中を震わせた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


仏像の悪夢→https://kakuyomu.jp/works/16818023213029248935/episodes/16818023213432011989

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