エピソード0-0 良い男がイイ男とは限らない

〔うい〕「れんちゃんれんちゃん。このクレープオイシイら。メープルシロップとクリームがマリアージュら。ほら」


(仏)(俺の布団はフレンチトーストではなくてクレープだったのか。うすうす分かってはいたが、俺はまさか人ですらない)


 井原いのはらういに布団をはぎとられた仏像は、ガタガタ震えながら目を動かした。


〔大和〕「きりたんぽを残しちゃダメだよ。クレープで巻いて食べるんだって」

〔仏〕(きりたんぽって、それはないだろおおおお!)


 大和やまとによって大皿からつまみ上げられた仏像が、きりたんぽと化したおのれを知覚した瞬間。


〔仏〕(ちょっ、れんさん。俺だ俺。気づけ、食うな、ああああああ)


 きりたんぽとして井原いのはられんに食べられたはずの仏像の視界が、はっきりと開けた。



※※※



〔仏〕「はあ、はあっ。良かった。夢か。夢だよな」


 朝日に照らされたベッドには、いつも通りお手製の如意輪観音にょいわかんのん像が転がっている。

 飾り棚には仏像図鑑に仏像フィギュアが並んでいるのもいつも通りだ。


〔仏〕「それにしても、何でえさ三元さんげんが夢に出てこなかった。シャモの結婚式にあいつらがいないなんて。ありえねえ」

 ふわあとあくびをすると、仏像はベッドを下り――。


〔仏〕「ぎいいやあああああっ」

 床に足を下ろしたと思いきや柔らかい質感。


 思わずぎょっとして床を見ると、井原いのはられんがすうすうと寝息を立てている。


 腹部には、仏像の父親である政木十五まさきじゅうご―通称・しこしこさん―が愛用しているうさぎのエプロン。

 そのかたわらには木製のしゃもじが転がっている。




〔仏〕「ええええ、何でれんさんがここに。これも夢なのか。頼む。夢であってくれ。まかり間違っても間違いなんて。俺はファンには絶対に手を出さない主義。そうだ、そうだと言ってくれええええ」

 仏像は震えながら洗面所へ向かった。



※※※



〔父〕「れんちゃん、僕の部屋は隣だよ」

〔れん〕「おじさまごめんなさい。私ったらどうしてゴー君のお部屋に」

 洗面所から戻って来た仏像は、父親の声にはじかれたように気配を消す。


〔父〕「れんちゃんは元々五郎君ファンだったからね。でもね、今のれんちゃんは僕のハニーで、五郎君の新しいママになるんだよ。だからお部屋を間違えちゃダメダメ。焼いちゃうよ、ぷんぷん」


〔れん〕「おじさま、安心してください。私、ゴー君の事は本当にもうどうでも良いんです。だってあの人、陰キャだし非モテだし。モブ男って言うのかしら。あっ、私ったらお父様を前にして何てことを」


〔父〕「五郎君は生真面目だからね。本当に良い子なんだけど男としてはねえ、もうちょっと余裕と言うか遊びと言うか」


〔仏〕「チクショー! チクショー! チクショー!」


 二人の容赦ようしゃないダメ出しに仏像が地団駄を踏んでいると、けたたましいアラーム音が鳴った。




 人生で最もみずみずしいであろう高校二年生の二学期を、こうして仏像は悪夢と共に迎えたのである。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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