激闘? 湘南編

25‐1 湘南の風の下 ゲットゴールだ落研ファイブっ

〔多〕「Morning! 実に気持ちいい朝だなー」

 日曜日午前八時。

 黒みがかった砂を踏みしめながら多良橋たらはしえさに片手を上げる。



〔加〕「えーっ、すごい広い。パンダマジでここでサッカーやんの」

〔女〕「えええ、あんなババアもサーフィンやるんだ。すげえ」

 女子高生の身もフタもない一言に、グレイヘアをなびかせながら初老の女性が親指を立てて応じると海へと走り出す。


〔加〕「ババアはどうでも良いんだよババアは。それよりゴー様どこだよくされパンダ! ゴー様が来るって話は嘘なのかああああ!」

 こんな調子でカラスの集会のごとくはしゃぎまくるエロカナ軍団を引率いんそつして集合場所にたどり着いたえさは、多良橋たらはしの声掛けにも反応できずにぐったりと座り込む。


〔多〕「Morning! 君たちが練習試合の見学に来たはん君のお友達だね。マナーを守って我ら『落研ファイブっ』を応援してね」

〔加〕「ゴー様は。ゴー様見に来たんだけど」

〔多〕「政木まさき君は電車内で缶詰状態らしいから後で来るよ」


〔長〕「下野しもつけ君も横須賀線よこすかせんで巻き込まれ中だよね」

〔服〕「僕らとパンダ君だけじゃ間が持たないよ」

 放送部長の青柳あおやぎの父親の車で会場入りしたプロレス同好会は、気まずそうに猛禽類もうきんるいのごときエロカナ軍団を見た。



※※※



〔飛〕「済みません遅れましたっ」

〔多〕「飛島君、今日は放送部枠なんだって」

 機材のチェックをする青柳あおやぎの元へ急ぐ飛島に、多良橋たらはしが声を掛ける。


〔青〕「飛島君は今日は貸しませんよ」

〔服〕「飛島君が来たって事は電車が動き出したか」

〔飛〕「いえ、母が車で。先生、母が急に部活見学をしたいと言い出しまして」

〔多〕「俺は良いよ。お母さんは場所分かるのか」

〔飛〕「はい。もうすぐ来ると思います」

 『お母さん』の一言に良い子ちゃんを装い始めたエロカナ軍団をえさがあざ笑っていると、明らかに上品そうな女性が白レースの日傘ひがさを差してやって来た。


〔飛母〕「飛島の母です。息子がいつもお世話になっております。まさかこの子が運動をして、お友達の話をするようになるなんて」

 止めてくださいと小声で制する飛島に構わず、飛島の母はほっそりとした指先で目元をぬぐう。


〔青〕「そう言う事ならカメラは僕一人で回すから、試合に出たら」

〔飛〕「いえ、今日は放送部員として来ましたから」

 飛島が照れくさそうにうつむいていると、絵にかいたような良家の御婦人とは対照的な一団がけもののような騒がしさでやってきた。




〔熊〕「おーい皆のしゅう。元気にやっとるか」

〔青〕「熊五郎さんお久しぶりです。DVDありがとうございました」

〔餌〕「皆様が瀬谷の五闘将。かの高名な『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』で」

〔熊〕「おうよ、おうよ。八五郎はちごろうには会ったよな。他は今日が初顔合わせだあね」

 熊五郎がHaHaHaとアメコミ笑いを披露すると、横一列に並んだメンバーに視線を向けた。

 

〔熊〕「こっちの豆タンクが火消しの喜六きろく。ポジションは左右アラ(MF)。真ん中のアンコ型がトラック野郎の権助ごんすけ。ゴレイロ(GK)だ。そしてムキムキ細マッチョのつるつる野郎が命知らずの清八せいはち。フィクソ(DF)とピヴォ(FW)兼任。高所レスキューのエキスパートよ」

 練習場完成の立役者である芋名人いもめいじん八五郎はちごろうの隣で、タイプの違う三人の老人が眼光鋭く腕組みをする。


〔熊〕「そして俺が不動のキャプテン。全ポジション兼任けんにんの大工の熊五郎だ」

 すげーっジジイカッケーとエロカナ軍団が叫ぶと、瀬谷せや五闘将ごとうしょう(自称)こと奥座敷おくざしきオールドベアーズの面々は満足そうにうなずいた。

 その後ろにはいつの間にか影のように、応援部の樫村かしむらと|部員二人が学ラン姿でつき従っている。




〔樫〕「それでは、一並ひとなみ高校草サッカー同好会『落研ファイブっ』の初陣ういじんを祝してええええっ」

 学ラン姿で隊列を組んだ三人は、波打ち際を埋め尽くすサーファーたちをも振り向かせる大声を上げた。


〔樫〕「湘南しょうなんのおおおお 風のもとおおおおおお」

 背のひょろ高い応援部員が手持ちの太鼓を打ち鳴らす。

〔樫〕「ゲットゴールだ 落研ファイブっううううう」

〔応〕「ゲットゴールだ 落研ファイブっううううう」

 その様をいつの間にやら青柳あおやぎがカメラ片手に撮影している。


〔応・樫〕「ゲット・ゲット・ゴールっ。ゲット・ゲット・ゴールっ」

 応援に来たエロカナ軍団が真似をして叫びながら笑い転げる中、問題の『お百度参り』『生霊いきりょう』『六条ろくじょうしをん』こと藤巻しほりは表情一つ変えずにハーフアップの髪を潮風に任せていた。




〔餌〕「僕らの初戦相手は『柿生川小かきおがわしょうOB会』ですね」

 応援部のエールが止むと、えさが熊五郎と多良橋たらはしに確認を取る。


〔熊〕「そうだ。今日は総当たりで三試合。君らと柿生川小かきおがわしょうOB会は初心者チームだから、まずは二ピリオドの変則試合からだ」

〔多〕「十二分×二に三分間のインターバルですね」

 やりたきゃフル(十二分×三)でやってみるかとの熊五郎の問いに、多良橋たらはしは苦笑いで答えた。



※※※



〔下〕「遅れまっしたあサーセンっ。横須賀よこすか線が鎌倉かまくら手前で缶詰っすよ。あとちょっと動いてくれたらどうにかなったのに」

〔多〕「お疲れ。政木まさき岐部きべ三元さんげんももうすぐ着くらしい」

 全力で駆け込んで来た下野に多良橋たらはしが伝えた側から三人が顔を出す。


〔シ〕「東海道線あんな所で止まるんだもん」

〔三〕「何あのうるさい女」

〔仏〕「うぜえ。お百度参りはどこよ」

 生仏像にエロカナ軍団がキャーっと黄色い声をあげる中、藤巻しほりはシャモをじっと見つめていた。



※※※



〔熊〕「でっちゃん。こっちこっち」

 残り二チームを待つ間に合同で準備体操とパス練習を行っている所に現れたのは、やたらとガタイの良い男女グループである。


〔本〕「『でかでかちゃん』の本郷ほんごうです。よろしくお願いいたします」

 関脇せきわけ風の男性が、見た目に反した低姿勢で礼をした。


〔八〕「こいつら弱そうに見えて曲者くせものなんだよな」

〔シ〕「どう見てもジョークのような名前なのに強いんですか」

 小声でシャモに耳打ちをした八五郎に、シャモはぎょっとして聞き返す。


〔八〕「『仙台はとこ船』のファンが意気投合いきとうごうして作った即席チームのはずだったんだが。腹回りがデカすぎて相手チームがふところに入れねえから、ボールポセッション率が異様に高いんだわ」


〔清〕「そのうち男も女も敏捷性びんしょうせいのある力士サイズ揃いになって、あれよあれよと言う間に中堅チームになりよった」

 八五郎と清八せいはちの説明に、『仙台はとこ船』ってそもそも何だよと思いつつシャモはだまってうなずいた。


〔喜〕「あいつらの方が圧倒的に体格が良いから、普通にぶつかっただけでも吹っ飛ばされるしな」

〔仏〕「三元さんげん聞いてるか。お前の活路が見つかったぞ」

 仏像が三元さんげんを目で探すと、三元はちゃっかりエロカナ軍団の中に収まっていた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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