25‐2 でかでかちゃん

 『 落研ファイブっ』の記念すべき初戦とあって、うどん粉病Tシャツの赤色バージョンの即席ユニフォームに身を包んだ面々は記念撮影を行った。


〔多〕「スタメンはピヴォ(FW)岐部きべ、右アラ(MF)はん、左アラ(MF)下野しもつけ、フィクソ(DF)政木まさき、ゴレイロ(GK)天河てんが。控え長門ながと、服部」

 

〔仏〕「風強くねえか」

 ぼやきながらもビブスを受け取った仏像に、加奈がゴー様かっこいいーっと叫ぶ。


〔仏〕「餌の友達だろ。餌を応援してやれっての」

〔餌〕「僕は加奈先輩の下僕げぼく扱いだから」

〔下〕「さっきから生霊いきりょう怖いっす。シャモさんに一目惚れしたっすよねえ。何であんなに無表情なんすか。何で瞳孔開いてんすか」

〔仏〕「気にすんな。お百度参りに目を合わせたら負けだぞ」

 下野しもつけと仏像がささやき合う横で、シャモはしほりの眼差しを気にする事も無くストレッチを行っている。




〔熊〕「柿生川小かきおかわしょうOB会が渋滞でまだ来ねえから、俺らの試合から始めようか。落研は見学な。主審と第二審判をでっちゃんから出せる」

 縦横に大きな『でかでかちゃん』から審判団を出したため、ピッチが異様に狭く見えた。



〈『奥座敷オールドベアーズ』対『でかでかちゃん』〉




〔仏〕「嘘だろ。物理法則に反してやがる」

〔長〕「蝶のように舞い、蜂のように刺すイノシシ」

 重めの砂質をものともせず、イノシシのような体をぶつけるように命知らずの清八とのデュエルを制したのは『でかでかちゃん』唯一の女性選手であるピヴォ(FW)の中松。

 三元を縦横に拡大コピーしたような体形にも関わらず、オーバーヘッドにばねの利いた跳躍ちょうやくが持ち味だ。


〔下〕「コースえぐすぎ」

 中松の放ったボレーシュートに、ゴールを守るトラック野郎の権助ごんすけも指先で反応したものの、湘南の風に乗ったボールはゴールネットを揺らす。


 阿波踊あわおどりのように重めの砂を軽やかに踏みつつ、中松はその横幅からはとても想像できない機敏さでボールを奪ってはシュートを放つ。


〔熊〕「取られたら三倍返しでお礼参りだっ」

〔大神〕「老いたか熊じい。読みが甘いぞ」

 熊五郎も獅子奮迅ししふんじんの働きをしてはいるものの、幅広の体が審判含めて七人陣取るピッチ内でボールを受けるのに苦戦中だ。

 マッチアップ相手の大神おおがみはコースを絞り、熊五郎がシュートを『打たざるを得ない』状況に追い込んでいる。


〔天〕「あいつらただデカいだけじゃない。自分たちの横幅を完全に武器にしている」

〔下〕「あれだけ縦横デカいのが審判含めて七人もピッチにおったら、コースはかなり消されまっす。しかもあの女の人の足首」

〔天〕「柔けえなあ。ブラジリアン柔術とかやってそうだな」

 天河てんが下野しもつけは、真剣に試合の行方を見つめている。




〔餌〕「『あの絵』を使わないんでしょうか」

 一方、勝つためならチートも辞さない性格のえさは、GWの日帰り合宿で見た人知じんちを超えた光景を思い出す。

〔シ〕「あの絵はそもそも人じゃねえから試合じゃ使えないって言ってただろ」

〔餌〕「でもこれ公式戦じゃなくて練習試合ですよ」

〔仏〕「あの時は対戦相手分の人数が足りなくて使っただけだろ。普通の練習試合なら必要ないし」

 地面に描かれた絵が、熊五郎くまごろうのバールの一振りでヒト化して試合をこなす――。


 事情を知らない人が聞いたらみつるの愛読誌『ゆんゆん』そのものの内容だが、『落研ファイブっ』がGWの日帰り合宿で実際に目にした光景である。




〔下〕「おっ、熊五郎さんのフリーキックだ」

 盛り砂の上にボールをプレースした熊五郎は、大きくうなずくと直接ゴールを決めた。

〔天〕「これでドローか」

 一対一となった所で三分間のインターバルとなり、両チームは一目散に水のボトルへと向かう。



〔柿〕「済みませーん。遅れましたあ」

 そこへ、百デジベルレベルの大声が響き渡った。

 声の主はキノコ金髪に赤縁サングラスが特徴的な、ずんぐりむっくりの四十代男性である。

〔熊〕「おーい、やっと来たか遅いぞ」

 渋滞につかまった柿生川小かきおかわしょうOB会の面々は、いかにも運動慣れしていない走り方でピッチに駆け寄った。



〔熊〕「こちらさんが今日の初戦相手の『落研ファイブっ』さん」

〔柿〕「若いねえ。学生さんでしたっけ」

〔多〕「横浜の一並ひとなみ高校の草サッカー同好会です」

〔柿〕「上司の母校だわ」

 引率の多良橋たらはしが説明すると、男は腹とキノコ金髪を揺らしながら笑った。



※※※



 『奥座敷オールドベアーズ』と『でかでかちゃん』の試合の行方が気になりつつも、対戦相手の来た『落研ファイブっ』は初戦に向かって円陣を組む。

〔樫/応〕「ゲットゴール、ゲットゴールだ落研ファイブっ」

 『落研ファイブっ』にエールを送った樫村かしむらと応援部は、対柿生川かきおがわ小OB会戦の審判団と化した。

 なお、身内びいきな判定をするかどうかは不明である。




※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※JFAのビーチサッカー競技規則2021/2022を参考にいたしました。

https://www.jfa.jp/laws/beach/2021_22/

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