25‐3 洗いって何だよ

〈『落研ファイブっ』対『柿生川小かきおかわしょうOB会』〉


 対戦相手の柿生川かきおがわ小OB会は四十代男性七名からなるチーム。

 揃いの芋ジャージに身をつつみ、運動会の父親のようなぎこちなさでピッチをうろついている。

〔柿一〕「しまってこーぜーっ」

〔柿七〕「リーリーリーリー」

〔仏〕「野球じゃねえんだよ」

 交代無制限なのを良い事に、入れ替わり立ち代わり交代をしている。




〔柿七〕「神奈川県の県花って知ってる」

 集中力を削ぐ戦略なのか、柿生川小OB会の七番が左アラ(MF)の下野しもつけにどうでも良い質問を投げつけるも、下野しもつけは全くの無反応を決め込む。


〔柿七〕「テラピアとピラニアの見分け方って分かる」

〔仏〕「下野しもつけっ」

 ぶつぶつとつぶやく七番を気に留める事も無く、仏像からの配球を胸トラップすると――。


〔青〕「ゴールっ! 先制点は『落研ファイブっ』背番号七番 左アラ(MF)下野しもつけの強烈なミドルシュートっ」

 撮影をしつつ試合実況をする高度な技を、放送部長の青柳あおやぎ披露ひろうした。




〔仏〕「シャモ、つぶれて」

〔シ〕「しゃーねーな。勝ち数を積むのが先決だ」

 つぶれ役に徹するシャモを、お百度参ひゃくどまいりこと藤巻しほりは相も変らぬ無表情でにらみつけている。




 ゴー様ファイトーっとエロカナ軍団が叫ぶ中、第二ピリオド(十二分)はシャモに変わって長門ながとがピヴォ(FW)に、えさに変わって服部はっとりが右アラ(MF)に交代した。


〔三〕「ほぼ落研の気配が消えた」

〔シ〕「プロレス同好会三名(天河・長門・服部)と元U15サッカー日本代表候補に、落研に潜伏せんぷくする元スノボ全米・ワールドジュニアチャンプの仏像フェチ。このメンツ身体能力高過ぎ」


 相手方のメンバーはそれでなくとも体力の衰えた四十代が入れ替わり立ち替わりで交代するので、連携れんけいも何もあったものではない。


 先に四対三で一試合目を終えた奥座敷おくざしきオールドベアーズとでかでかちゃんの面々も、初心者同士とは思えない一方的な試合展開に見入っていた。




〔柿一〕「十六対〇ですよマスター。ははは」

 点差が開き過ぎて自分で可笑しくなったのか、全く機能していないゴレイロ(GK)がマッシュルームのような金髪を振り乱してけたけたと笑う。


〔柿四〕「ふふ、うあ、あはははは」

 喫茶店『談話室だんわしつマスター』をいとなむ柿生川小OB会四番とゴレイロ(GK)の声が空しくピッチに響く。


 圧倒的な点差を前に、多良橋たらはし三元さんげんを呼び寄せると、天河てんがと交代させた。


〔多〕「青柳あおやぎ君、しっかり三元さんげんを撮ってくれ」

〔青〕「任せてください」

〔三〕「『不動』のゴレイロ(GK)で良いの」

 どこか不安げな表情の三元さんげん天河てんがと交代すると、一分もしない間に試合は思わぬ動き方をした。



〔柿一〕「はい洗いっ!」

〔多〕「えっ、洗いって何。棄権きけんするの。そんなのありーっ」

 第二ピリオドの中盤。

 十六対〇の圧倒的点差を前に、柿生川かきおがわ小OB会のゴレイロ(GK)が良く通る声でけたけた笑いながら叫んだ。



〔青〕「中々お目にかからないハイスコアですよ。良い絵が沢山取れました」

〔多〕「三元さんげん勇姿ゆうしも撮ったよな」

〔青〕「ええ、大を我慢してるような顔がしっかり撮れました」

〔三〕「もっと何かカッコいい例え無いの」

 三元さんげんはさも当然といった顔でエロカナ軍団が占拠せんきょする一角に戻ると、よっこらしょういちと言いながら腰を降ろした。


〔加〕「たぬたぬ超頑張ったじゃーん」

〔餌〕「たぬたぬ?! 三元さんげんさんもまんざらでも無い顔してやがる」


〔仏〕「どう見ても信楽焼しがらきやきのタヌキの実写版でしかない見た目だが、初対面の相手に言うか」

〔餌〕「それがエロカナと言う女なんで、あきらめてください」

 柿生川小OB会の棄権きけんによって時間を持て余した『落研ファイブっ』は、入念にマッサージとクールダウンを行った。

 その様を、エロカナ軍団から少し離れた所でお百度参りこと藤巻しほりがじっと見ている。



※※※



〔清〕「兄ちゃんやるな。元代表候補だったんだって」

〔下〕「そうっす。代表に入れなかったのが悔しいんで、ビーチサッカーで足腰鍛えてる所っす」

〔餌〕「この子は横浜マーリンズのジュニアユースでレギュラーだったの。すごいでしょ」

 初戦で十得点二アシストと大活躍をした下野しもつけを、命知らずの清八せいはちが称える。


〔権〕「ピヴォ(FW)の兄ちゃんも立派立派。女の子が見てる前であれだけカッコ悪い役に徹しきれるのは良い」

〔八〕「僕もちょこまか動いて良くやった」

〔餌〕「僕のゴールにアシスト最高に良かったでしょ」

 トラック野郎の権助ごんすけに火消しの喜六きろくも、『落研ファイブっ』をたたえている。


〔喜〕「優男やさおとこの兄ちゃんも、落ち着いてボールを散らして上出来だったな。フィクソ(DF)があれだけ配球が上手ければ前もやりやすいよなあ」


〔熊〕「あんちゃんはスノボのオリンピックメダル候補だったんだろ。体の基礎きそからしっかり出来てるから、何やらせたってうまいに決まってら」

 喜六きろくと熊五郎に向かって頭を下げる仏像に、本郷ほんごうがおやと首を傾げた。


〔本〕「やっぱり。やっぱり政木五郎まさきごろう君だよね。ゴー君だよね。どうしてスノボをやめちゃったの。ゴー君のジャンプって天使の羽みたいで、何回リプレイしても飽きないんだ。ねえお願い復帰してよ。俺SNSのフォローもクラウドファンディングもしてたんだよお。大ファンだったんだよおおおっ」


〔仏〕「済みません。復帰は、もう。ごめんなさい」

 それだけ言うと、仏像はミネラルウォーターの入ったかごを下げた服部の元へと避難した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る