24‐2 砂浜の男と女を見る二人

〈部活後 えさ宅〉


〔餌〕「加奈先輩最高に輝いてますって」

〔加〕「ゴー様もこれ見てるかな。恥ずかしいゴー様見ないでっ」

 【みのちゃんねる】のエロカナ登場シーンで爆笑したえさは、加奈にベビーカステラを差し出した。


〔餌〕「加奈先輩の中に『恥ずかしい』と言う感情があったとは。驚きです」

〔加〕「あん、もう一回言ってみろこのくされパンダ。ああ、それにしてもゴー様最高。とりあえず合コン組んでよ」

〔餌〕「奴は神経質で生真面目かつ几帳面きちょうめん。加奈先輩には合わないと思います」

〔加〕「それってウチががさつでルーズで大雑把おおざっぱだって言いたい訳」

〔餌〕「分かってるじゃないですか」

 餌はういーっとオッサン臭いうめき声を上げながら起き上がると、ローテーブルに置かれた麦茶のペットボトルを飲み干した。



〔餌〕「それよりさっさとこのワッペンの山を片付けてください。邪魔です」

〔加〕「パンダこそめくりのひもづけ早くやってよ」

〔餌〕「何で僕が他校の部活用のめくり作りをするんですか。これは高くつきますよ」

〔加〕「だからご褒美ほうびとしてうちの友達紹介するって言ってるでしょ」

〔餌〕「加奈先輩の友達でしょ。ろくな女いなさそうで」

〔加〕「パンダあんまナマ言ってっとめるぞ」

 金剛力士像こんごうりきしぞう阿形あぎょう)の如き形相ぎょうそうで加奈がスゴむと、餌は反射でサーセンと言ってめくりのひもづけ作業に戻った。



〈松尾下宿〉



 覆面姿のプロレス同好会に【みのちゃんねる】内の画面が切り替わった所で響く、服部の魂の叫び。



〔仏〕「あれだけシャモが念を押したのに」

〔松〕「『@レーズン』が老人性イボの事だとは見抜けなくても、せめて『大林あきら』と『ゴーゴー』で地雷回避は出来たはずなのに」

 入場早々『可愛かわいちーず@レーズン級』さんと対面してひざから崩れ落ちた服部に、二人は涙を禁じ得なかった。


〔仏〕「それにしても『お百度参ひゃくどまいり』が一向に出てこねえ」

 『可愛かわいちーず@レーズン級』と涙の対面を果たした服部に手を合わせると、みのちゃんねるを一時停止した仏像と松尾はダイニングテーブルへと移動した。

 

 


〔仏〕「主夫力高っ。俺なんてレトルトフル活用だもんな」

 今晩の二人の夕食は、煮込みハンバーグとサラダである。

〔松〕「炊き込みご飯と味噌汁美味しかったですよ」

〔仏〕「あれレトルトとダシ入り味噌だもん」


〔松〕「料理が面倒ならうちで食べましょうよ。千景おばさんが遅番の日は、僕もぼっち飯で寂しいし」

〔仏〕「ダメ」

 ガラムマサラとマヨネーズで和えたきゅうりサラダと煮込みハンバーグを堪能すると、仏像はとろけそうな顔で最後の一さじをすくった。


〔仏〕「俺なんか今メチャクチャ多幸感に包まれている。ごちそうさま美味しかった。この後にあの配信を見たら台無しだから止めていい」

 仏像は映像再生を停止して、見慣れたはずの横浜の夜景を鳥の目線で見下ろした。




〈餌宅〉



〔加〕「よっしゃー後五枚っ。パンダ腹減った何か食わせろ」

 めくりのひもづけを終えて【みのちゃんねる】を爆笑しながら見ていたえさに、ワッペンを縫い付けていた加奈が命令した。


〔餌〕「相変わらず小気味よいまでの女王様っぷりですね。でも僕らあれから八年経つんですよ。そろそろ下剋上げこくじょうがあっても良い頃合いだと思いませんか」

〔加〕「パンダはウチの下僕げぼく。そういう運命なんだよ」

〔餌〕「止めてくださいお願いします」

 と言いつつ冷蔵庫に余り物を見に行く餌は、確かに加奈の下僕げぼくである。


〔餌〕「牛筋煮込ぎゅうすじにこみうどんで良いですか」

〔加〕「さすがは俺の嫁マジで気が利くわ」

 餌がぞくりと背筋を震わせていると、加奈がいやーっゴー様見ないでえっと素っ頓狂な声を上げた。



〔餌〕「リアクション芸人でもここまでしません」

 砂に頭から突っ込んだ加奈が、『何だかすっごくたのシーサー』と言いながらシーサーのようなの顔をカメラに向けてにかっと笑っているのが、別アングルで三回も抜かれている。


〔餌〕「あれ、三カメも入ってる。もしかしてこの撮影スタッフ結構いましたか」

〔加〕「うん。撮影は外注したって」

 シャモさんの分際で、儲かってんなとぶつくさ言いつつ餌はうどんを温める。


〔餌〕「早い、美味い、安く見えて高くつくっ」

 ワッペンを縫い付け終えてミシンを片付けた加奈の前に、えさがどんと音を立てて牛筋煮込ぎゅうすじにこみうどんのどんぶりを置いた。



〔加〕「くされパンダ、うどんの中にお前の小きたねえ親指が入ってるってば」

〔餌〕「しゃぶれよ」

 加奈作のBL同人誌のセリフを真似して親指を突き出しながら低い声を出すと、加奈が火が付いたように爆笑した。


〔加〕「しゃ・ぶ・れ・よwww。誰に向かってどの口が言う」

〔餌〕「いひゃいひゃいいひゃいいっ(イタイイタイ痛い)! とっとと食ってとっとと帰ってください。うちの母親フェイントで早く帰ってくる時があるから」

〔加〕「まじか。おばさんに余計な勘ぐりされるのは避けたい」


〔餌〕「僕だって加奈先輩を連れ込んで乳繰り合ってると思われたら一生の不覚です。お百度参り事件の時だって、加奈先輩と僕が付き合ってる説が流れて最悪だったんですから」


〔加〕「マジか。全然知らんかったわ。そりゃサーセン」

 うっめえ五臓六腑ごぞうろっぷにしみわたるうっ、ぷへあーなどと言いながら親指エキスが入った牛筋煮込ぎゅうすじにこみうどんをかき込む加奈を呆れたように見ながら、餌はうどんに箸をつけた。




〔加〕「うおー食った食った。は満足じゃ。めくりもワッペンも出来たし。それでは下僕げぼく献身的けんしんてきな働きにむくいようぞ。厳選した女子衆おなごしゅうを連れて応援に行くぞよ」


〔餌〕「類は友を呼ぶの法則からして全く期待していませんが、取り合えずお待ちしております。あ、そうだこれあげますよ。この間の『ブツ』の通販サイトがサービスでつけてくれた奴なんだけど、僕の口には合わないんで」

 怪しげなエナジードリンクを、餌は加奈に差し出した。


〔加〕「こ・れ・は。学校に持って行ってネタにするわ」

〔餌〕「僕から入手したのは絶対内緒ですよ」

〔加〕「承知した。ウチとパンダは変態への一本道を極める同志。裏切りはせぬ」

 では日曜を楽しみにしろよと尊大そんだいに言い放ち、加奈は大荷物を持って自宅へと戻っていった。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。  

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