24‐1 砂浜に 男と女が 揃ったら

〔仏〕「下野しもつけがあそこまで言うぐらいだから、『お百度参り』は相当ヤバい女に違いねえ」

〔松〕「泣いても騒いでも『お百度参り』さんは日曜日の練習試合に来るのに、怖いもの見たさで『予習』するその神経が分かりませんよ」

 シャモの彼女候補である『お百度参り』こと藤巻ふじまきしほりを見ようと、仏像は松尾の下宿(千景ちかげ宅)にて問題の【みのちゃんねる】ビーチサッカー回を視聴中である。




〔シ〕『はい、それではみのガールズの皆さまです。カメラに向かって自己紹介をお願いしまーす』

 ビーチサッカーピッチをバックに、相変わらずシャモのような寝ぐせのついたシャモがオタマトーン片手に声を張り上げる。

 さながら昭和時代のアイドル水泳大会のノリである。


〔松〕「シャモさんはアコーディオン片手に時事メタル漫談をしていたはずですよね。止めたのかな」

〔仏〕「コメント欄が荒れるから面倒になってきたとか抜かしてたわ」

〔松〕「確かに今の内容じゃ、コメント欄は荒れそうにも無いですよね」

 コーヒーを二人分持って来た松尾は、仏像の隣に腰掛けて【みのちゃんねる】を見はじめた。


〔あ〕『あさぎちゃんでーす。グラビアモデルでーす』

〔し〕『えーっと、しーちゃんです。横浜マーリンズサポのシンママですっ。年齢は秘密ですっ』

〔シ〕『息子さんが応援しに来てくれてまーす』

 潮風に吹かれながら、大学生位の息子とその友達がエイエイオーと叫んでいる。



~~~


〔仏〕「何でこんなチャンネルが登録者数十万超えして、SNSのフォロワーが三万超え。世も末だわ」

 仏像が目をすがめながら生暖かく笑っていると、エロカナをカメラがどアップで抜いた。


〔加〕『洋尺八ようしゃくはちの加奈見参けんざんっ。いざ、尋常じんじょうに勝負っ』

 


 

〔仏〕「やっぱ興福寺こうふくじ金剛力士こんごうりきし像(阿形あぎょう)そっくり。今の手の角度とかまさに実写版」

 


〔松〕「良いんですか阿形あぎょうですよ。阿形あぎょうで良いんですかゴーさん」

〔仏〕「良い訳ねえだろ。シーサーの置物みてえ。ペットだと思えば可愛いけど」

 自分がロックオンされていると知りつつ笑う仏像を、松尾は信じられないと言った顔で見た。




〔シ〕『そしてここからいよいよ問題の』

〔可〕『可愛かわいちーずでーすっ。SNS友達も募集中でーす』

 映るは明らかに年金で生計を立てているであろうふくよかな女性である。


〔シ〕『可愛かわいちーずさんは『@レーズン級』が決め手になってみのガールズに選出されたのですが、一体何がレーズン級だったのでしょうか』

〔可〕『首のイボがね、レーズン級になって来たのよー。もうぎゃはははは。レーザー手術の費用投げ銭よろしくなのー』

 まだ撮影に合流していない服部が見たら白目をいて倒れそうなガミースマイルを見せながら、可愛ちーずは首筋を指さした。



〔仏〕「服部の野郎、まさか『@レーズン級』が老人性イボの事だとは思いもよらねえだろうな」

〔松〕「『@レーズン級に打ちぬかれた』って発言は壮大な前振りでしたね」

 松尾が救いようがないと首を横に振った。




〔シ〕『そして大ラスはまさかまさかの。あなたは運動させられないわあ」

〔唐〕『唐木田からきだこと唐田からたとはこと、竜田川姉妹たつたがわしまいの姉、竜田川千早たつたがわちはやよ。美濃屋みのや若旦那わかだんなとはご縁が深くって嫌になっちゃう』


 鶏ガラのような体にショッキングピンクのポートネックシャツと白いテニススコートのいでたちで、竜田川千早たつたがわちはやはくねくねとジュリアナ扇子せんすを振り回した。


〔シ〕『芸歴六十五年の大御所歌謡おおごしょかようユニットの姉、竜田川千早師匠たつたがわちはやししょうまでもがみのガールズになる予期せぬ事態。みのガールズの推定平均年齢は五十歳越えかと思われます。これには後ほど登場する、プロレスを愛し愛された男子高校生三人組もビックリでしょう』



〔仏〕「もはや視覚の暴力だろこれ」

〔松〕「アンダースコートなのか介護用紙かいごようかみおむつなのか分からない」

 二人が小柳屋御米師匠こやなぎやおこめししょうの伯父の店で『たらもどき』を食べた時のような顔で画面から目をそむけていると、画面から野太い男の断末魔が聞こえてきた。


〔仏〕「服部いいいいいいっ」

〔松〕「もうだめだ。耐えられない。『お百度参り』さんが映ったら呼んでください」

〔仏〕「まだ本編にも入ってないぞ。すぐ戻ってくるだろ」

〔松〕「ちょっとキュウリでも刻んで無になりたい」

 ほどなく、仏像の背後からトントンと包丁の音がし始めた。



〈味の芝浜〉



〔う〕「美濃屋みのやの若旦那の番組に千早ちはや姐さんが出てら」

 孫の子守を三元さんげんに押し付けてお出かけとしゃれこむはずの綱五郎つなごろうとみつるを、松脂庵まつやにあんうち身師匠が呼び止める。


〔綱〕「竜田川姉妹が若い人のネット配信に出るとは。時代は変わりましたね」

〔み〕「まあ相変わらずあの人は。見てるこっちが恥ずかしいよ」

 アンダースコートとも介護用紙おむつともしれない物体をミニスカートの下でひらつかせる千早。

 年代物のジュリアナ扇子せんすを持って踊るその様に、みつるは頭を抱えた。


〔う〕「このお嬢さんたちがサッカーをやるのかい」

 ビーチサッカーのルールをみのガールズに説明するシャモに、うち身師匠が目を丸くする。


〔み〕「あの人は気持ちばかりが若くて体がついてかないんだから、こっちが哀しくなっちまう。行きましょ」

〔う〕「みんなそんなものさ。哀しいね」

 うち身師匠がぼそりとつぶやく中、みつるは綱五郎つなごろうかすように店を後にした。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。  

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