23‐2 生霊と人柱

〈火曜日昼食時 一年七組〉



 〔餌〕「下野しもつけ君ちょっと良い」

〔仏〕「あれ松尾は」

〔下〕「今日は飛島君の所に行ってまっす」

 三元さんげんと仏像を引きつれて一年七組にやって来たえさが、空の弁当箱をしまう下野しもつけに声を掛けた。


〔餌〕「下野しもつけ君にちょっと聞きたいことがあるんだけど。『六条しをん』って知ってる」

〔下〕「誰っすかそれ」

〔餌〕「えっと、横浜マーリンズのジュニアユースにおふだ持ってお百度参りしていたストーカー女」


〔下〕「ストーカー? お百度参り。あーっ、生霊いきりょうの事?! 百日通い詰めて出禁になった女」

 下野しもつけは顔面を硬直させた。



〔餌〕「横浜マーリンズを出禁になった『お百度参り』こと『生霊』が下野しもつけ君の彼女だった訳じゃないよね」

〔下〕「勘弁してくださいよ。俺彼女欲しいっすけど、生霊いきりょうだけは絶対嫌っす!」

 基本的に能天気な下野しもつけには珍しい絶対的な拒絶の声に、三人は顔を見合わせた。


〔仏〕「やっぱり反対した方が良いんじゃないか」

〔三〕「付き合う前ならノーカンだろ」

〔餌〕「せっかくシャモさんが自ら喜んで人柱ひとばしらになろうとしてるのに」

〔下〕「まさか、とは思いますが。生霊いきりょうが現れたんっすか! 嫌あああああっ」

 下野しもつけが、リスが総毛を立てて震えるかのようにびくつく。


〔餌〕「もし彼女が今度の練習試合を見学に来るとしたら」

〔下〕「止めてくださいーっ! それだけは、それだけはっ」

〔仏〕「エロカナ軍団呼ぶの止めようぜ。餌、時を巻き戻せよ。それか時空を曲げろって」

〔餌〕「ムリだって。僕とエロカナの力関係を考えてよ」

 時を巻き戻せるならとっくに巻き戻してるの、と餌は首を横に振る。


〔下〕「まさか、生霊を召喚しょうかんしちゃったんですか。その場にいるだけで体感温度が五度は下がる女ですよ」

〔餌〕「一応今回のターゲットはシャモさんだから、シャモさんを人柱ひとばしらにしておけば他に被害は出ないはずなんだけど」


〔下〕「シャモさん狙い?! 前回と全然タイプが違うっ!」

〔餌〕「ちなみにマーリンズで被害に遭ったのはどんなタイプの子だった。落研で例えると」

〔下〕「まっつん系っす」


〔仏〕「だからヤバいって言ったじゃねえか。『生霊いきりょう』だか『六条しをん』だか『お百度参り』だか知らねえが、松尾に視線一つでも投げたら俺が目潰めつぶしする!」

 仏像がえさに食って掛かった。


〔餌〕「松田君は鵠沼くげぬまに来ないじゃん。大丈夫だって」

〔仏〕「シャモと付き合う事になったら六条御息所ろくじょうのみやすどころの生まれ変わりって自称してる女の事だ、シャモにべったりくっついて回るだろ。そしたら」


〔餌〕「シャモさんが人柱ひとばしらだから大丈夫。あっさりと狙った男を落としたお百度参ひゃくどまいりがどんな態度を取るのかちょっと見てみたい」

〔仏〕「そのために松尾を危険にさらすだと」

 上級生たちがいきなりクラスにやってきて言い争いを始めたので、一年七組の生徒達は素知らぬ顔を決め込みつつ耳をそばだてている。


〔餌〕「そこまで言うなら仏像がシャモさんとダブル生贄いけにえになれば」

〔仏〕「いーやーだ。最初が肝心なの。取り込まれるすきを与えちゃダメなの」


〔下〕「そうっすよ。見た目が大人しそうだから最初はころっとだまされるんっすよ。『良い子なのにあんなひどい事言われてかわいそう』って余計に生霊いきりょうの肩を持つはずっす。最初から接点が無かったかのようにフェードアウトさせるのがお勧めっす」

 下野しもつけのもっともな提案に、餌はまたしても首を横に振る。


〔餌〕「もう遅いんだよ。シャモさんが超乗り気だし、僕らの知らないうちに接点持っちゃって」

〔下〕「接点ってどんな。生霊いきりょうって超お嬢様っすよね」

〔餌〕「僕が小学校の時にクラリネットを教わった仁王におうみたいな女の先輩がいるんだけど。その人の知り合いなんだよね」

〔仏〕「江戸加奈えどかな。またの名をエロカナ」

 リアル仁王、あるいは獅子舞のミニチュア版みたいな女だと仏像は補足する。


〔餌〕「【みのちゃんねる】のビーチサッカー回の収録で、エロカナに連れられたお百度参ひゃくどまいりがシャモさんに一目惚れしちゃって。お嬢様なのは間違いないけど、いくら逆玉ぎゃくたま輿こしに乗れるって言われてもあれは無いわ」


〔下〕「分かってるじゃないですか。今ならまだ引き返せるっす。シャモさんの友達でしょ。人柱ひとばしらにするなんてひどいっすよ。あっ、まっつんお帰り」


 『みのちゃん』の恋バナとあって一年七組のクラスメートが四人を囲んで立ち聞きをする中、松尾はぎょっとした表情で人だかりを見た。

〔下〕「まっつん逃げて。日曜に絶対絶対鵠沼くげぬまに来ちゃ駄目っ!」

〔松〕「どうしてもその日は行けないから大丈夫だけど。どうしたの」


〔仏〕「シャモの彼女候補、思った以上にヤバいらしい」

〔餌〕「下野しもつけ君が事情を知ってた」

〔三〕「シャモも乗り気だったんだが。『逆張りのシャモ』×『生霊いきりょう・お百度参ひゃくどまいり』。考えただけで禍々まがまがしい気が充満じゅうまんして」

〔松〕「マイナス×マイナスはプラスじゃないですか。シャモさんの逆神力ぎゃくしんりょくも女の人の邪気も無力化されるんじゃないですか」

 ぞっと身震いをした四人に、松尾は意外な事を告げた。


〔餌〕「そ・れ・だ! とりあえず日曜日に実験してみましょうって」

〔仏〕「いーやーだ。それにエロカナは俺狙いなんだろ。絶対ウザいってば」

〔餌〕「禍津神まがつかみ生贄いけにえを早く捧げないと、周り、というか僕に被害が及ぶんですってば頼みますよ本当に」

 餌の中の藤巻しほりは、生霊いきりょうから禍津神まがつかみに格上げである。

〔下〕「奴は本物マジモンなんっすよ。付け入られたらダメっす。ねえ、皆シャモさんの友達でしょおおお」

 下野しもつけの絶叫が一年七組に空しく響いた。



 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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