3 巻物営業

〔餌〕「三元さんげんさん、どうしましょおおおおおっ。非常事態ですよよおおお」

 仏像と松尾に裏切られたえさは、最寄り駅から元・顔役総務かおやくそうむ三元さんげん宅である『味の芝浜しばはま』までの道のりを走りに走った。



〔三〕「何だよそうぞうしい。俺は今ゆで卵の修行中なんだよ」

 氷水で真っ赤になった手をきながら店先に出た三元さんげんは、面倒くさそうに顔をしかめる。


〔餌〕「このまま行けば一並ひとなみ高校落語研究会は空中分解ですよおおお。仏像にくっついて松田君までサッカー部との合同練習に出て。それで」


〔三〕「何で本人に言わねえんだよ。いつもならその場でグラウンドに駆け込んだだろ」

〔餌〕「まあ、それはその、何と言いますか」

〔三〕「親父さんの件か」

 仏像の父を自身の父が『壊した』ことを知ったばかりのえさはうなずいた。


〔餌〕「僕の父さんハイエナがハゲタカ狩りをしたせいで、超エリート外資系CIO伝説のハゲタカ(最高投資責任者)が今や無職の『しこしこさん』。さすがに距離を置かれても仕方ないかなと」


〔三〕「そんなのは親同士の話だろ。こじれる前に腹を割って話せ。俺はこの後カッパ巻きの練習もあるんだよ。忙しいの」


 三元さんげんは仏像に連絡をすると、さっさと板場いたばに引きあげた。



※※※



 えさが向かったのは、餌の女王様であるエロカナと仏像が初めて出会った、横浜駅東口にほど近い運河沿いの公園(※)。

 三元さんげんからの連絡を受けた仏像は、松尾の下宿にほど近いこの公園を待ち合わせ場所に指定した。


〔餌〕「せっかく長津田ながつだ君が演芸部門に新加入したのに、どうして二人とも『落研ファイブっ』(ビーチサッカー部門)側に行ったの。僕一人でどうしろと」


〔仏〕「宗像むなかた先生時代は、DVDを見るだけのゆる部だったろ。麺棒めんぼうは元落研部員だし、飛島も助っ人化したし」

 仏像はトンネルへと吸い込まれる貨物電車を目で追いながらつぶやく。


〔餌〕「ようやく落研が復活したって言うのに。それに松田君はピアニストなんだよ。運動なんて」

〔仏〕「体力づくりのために、部活の時間でトレーニングをしたいらしいぞ」

〔餌〕「プロフに絶対に運動したくないって書いてあったのに」

〔仏〕「今は学校中が事情を知っているからな。入部した頃とは条件が違う」


 貨物電車の最後尾がトンネルに吸い込まれていくのを見つめたまま、仏像は餌に応じる。



〔餌〕「もしかして、松田君に付き合って『落研ファイブっ』側に行ったとか。だって僕たちは落研だよ。何で落研を捨てるんだよおお!」

〔仏〕「えっと、おい落ち着けって。俺は落研を捨てた訳ではなくて」

 餌に気おされるように、仏像はうつむいて言葉を探した。


〔仏〕「矮星わいせい(多良橋)と放送部に応援部の無茶ぶりがきっかけだったとしても、『落研ファイブっ』だって落研なんだよ。だから」

〔餌〕「それなら先に言ってよ」

 餌の全身から一気にこわばりが解ける。


〔餌〕「それで、お父さんは大丈夫。また熱中症になったりしてないよね」

〔仏〕「体は大丈夫だ。ただ、頭がEDLPエブリデイラブ&ピースになっちまって。社会復帰する意思はないらしい」


〔餌〕「えええええっ! だったらEDLPエブリデイロープライス生活続行って事」

 餌の叫びに答えるように、仏像はスマホを無言で差し出した。




【週間ランキング8位⤴ 無職輪廻むしょくりんね――外資系スーパーエリートリーマンだった俺は強制無職リセットされ、スキルゼロからダンジョン配信で成り上がり悪役令嬢あくやくれいじょうと婚約してざまあしようと思ったら―― ざるうどんしこしこ@日吉ひよし大経済卒】


〔仏〕「リアルとネットの知人に手当たり次第に営業活動をしやがって、ついにランキング上位の常連に」

 一日三回更新を毎日続けてやがると、仏像は遠い目をしてつぶやいた。



※※※



〔仏〕「うわ、ナニコレ」

 餌の誤解を解いて帰宅した仏像がリビングに入るなり、墨の匂いがぶわっと仏像を包んだ。


 ダイニングテーブルの上には、巻物のような和紙につづられた毛筆もうひつの手紙が置かれている。


 あまりの奇異きいさに、仏像は思わず内容を盗み見た。


〔仏〕「なにこれ果たし状? 血判状けっぱんじょう? 純粋にこええ。電波小説のPV数を上げるために、筆書きの巻物手紙をポスティングって。どんな思考回路だよ」


 無駄に行動力だけはあるんだよなと仏像が頭を抱えていると、父親の足音と鼻歌が聞こえてきた。


〔父〕「五郎君お帰りーっ。それすごいでしょ。ダディの友達から聞いたマル秘テクニック」

 てへぺろポーズを決める元外資系投資会社CIO(最高投資責任者)の父。

 かなり偏った若者文化を急ピッチで吸収している様子である。


〔仏〕「ちょっと何書いてるか良く分らねえ。俺、こんな日本語知らねえよ」

 やたらと時代がかった堅苦しい時候じこうのあいさつから始まった縦書き毛筆の手紙に、英語が第一言語である仏像は顔をしかめる。


〔仏〕「結局は『無職輪廻(以下略)』を口コミで広げてほしいのと、サイト登録して☆をつけてくれって内容だな。だがなぜ直筆の手紙。しかも巻物。しかも毛筆縦書き。これをポスティングするってどこに」

 仏像は『販促計画』と題されたメモを指でトントンと叩く。


〔父〕「どこって、ほらウチのマンションだけでも結構な戸数だし」

〔仏〕「ウチでやんのかよ?! ダメだ、絶対ダメっ。退去させられるぞ」


〔父〕「そんな事は無いよ。これはね、日本の証券業界に伝わる秘伝・巻物営業。こんな手紙を受け取った人はどう思う」

 父はずいっと仏像に顔を近づけた。


〔父〕「普通じゃないよね。ヤバいと思うよね。少なくとも印象には残るよね。それから先の行動パターンは大体三つに分かれて」

〔仏〕「父さんはハゲタカから普通のおじさんに戻るって約束しただろ。ハゲタカ仕草はやめろってば」

 仏像は父親の無謀な計画を止めようとしたが。


〔父〕「これはハゲタカのやり方じゃないもん! プンプン!」

〔仏〕「ダメだ、話が通じねえ」

 額を押さえながらスマホを取り出した仏像は、松尾にSOSを発した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※エロカナと仏像の初エンカウント回はこちら(『落研ファイブっ』14「奴の名はエロカナ。僕の彼女では断じてない。」)

https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330668374464173

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