23 捕食者(プレデター)

 部室前のブルーシート上で、気まずいランデブーが繰り広げられていた頃。

 シャモと三元さんげん、それに津島と長津田は学校近くの高級中華料理店の個室にいたのだが――。

〔千〕「若旦那。はいあーん」

〔あ〕「だめですう。死にかけが移りますう。みのちゃん、はいあーん」

〔三〕「どうしてこうなった」

〔う〕「千早ちはやねえさん、昼間っからダメだよ」

 三元とうち身師匠ししょうは、ふじつぼのごとくシャモの両脇に引っ付く竜田川千早たつたがわちはやとあさぎちゃんにあきれ果てている。

 津島を昼食会に誘った中林家菊毬なかばやしやきくまり師匠は、苦笑いで目の前の惨状さんじょうを見るのみ。

 津島から連絡を受けてやって来た長津田は、葛蝉丸かずらせみまる師匠の隣で静かにおかんむりだ。


〔千〕「アタシは竜田川千早たつたがわちはや改め藤巻ふじまきしほり。何度言ったら覚えるんだい」

〔あ〕「アタシは藤宮さおり。ちょっと変化球」

〔千〕「若旦那の運命の女は『藤巻しほり』だよ。あんたなんか、お門違いもいいとこだね」

 千早はVネックから鶏がらのような胸骨の浮いた肌を見せつつ、あさぎちゃんにかみつく。一方のあさぎちゃんは、勝ち誇ったように『むぎゅー』ポーズを見せつけた。


 

〔葛〕「花川戸はなかわど立花屋たちばなや(※)はこんな感じかね」

〔菊〕「それじゃ千早師匠ちはやししょうが本妻か」

〔千〕「あんなしみったれた本妻はごめんだね。はいあーん」

 千早ちはや杏仁豆腐あんにんどうふをスプーンですくうとシャモの口元に持っていく。

〔シ〕「二人ともいい加減にしてよ」

 シャモは身をよじって二人から離れると、男子用化粧室に逃げ去った。


〔三〕「俺もシャモもモテたいモテたいとは言ってはきたが、これはねえよ」

〔う〕「冗談にしたって、ちょっと度が過ぎらあ」

〔葛〕「そこの二人はまだ高校一年生だ。さすがに目の毒だよ」

 うち身師匠と葛蝉丸かずらせみまる師匠が女二人に説教をする。


〔千〕「まったくつまらない世の中になったね」

 ふてくされた千早がたばこを取り出すも、喫煙ルームすら店にはない。

〔あ〕「おばあちゃま、若い男の子の事は若い私に任せて、そろそろ隠居なさったらいかがかしら」

〔千〕「あんただって、若旦那から見りゃ良いババアだよ」

 千早は捨て台詞を吐くと、ショッキングピンクの化粧ポーチを持って女子用化粧室へと向かった。


※※※


〔シ〕「あの死にかけとあさぎちゃんの相手はうんざりだ。かくまってくれ」

 二人の捕食者プレデターから脱出して部室を目指すシャモが、れんたちの元へ向かっていた仏像を呼び止めた。

〔仏〕「だったら頼みがある。うちの父親が保健室前のベンチにいるはずだから、それを渡して」

 それだけ言うと、仏像は買い物袋をシャモに押し付ける。

〔シ〕「あの前を通って来たけど、いなかったぞ」

 シャモは首をひねりながら仏像と共に保健室前のベンチにたどり着くも。

〔仏〕「四人ともいねえし。何だよ気を使って損したわ」

 バカバカしいとため息をついた仏像は、シャモを連れて部室に戻った。


〔仏〕「うちの父親もあの三人もいなかったんですけど」

〔服〕「大和やまとさん達は、政木まさき君のお父さんと一緒に帰るって。さっき連絡があったよ」

 ブルーシートに座る坂崎に向かって仏像が口をとがらせると、天河てんが達と入れ替わりに顔を出した服部が答える。

〔仏〕「どういう事だよ?! まさかと思うけど、また『しこしこ』化したんじゃないだろうな」

 仏像がおそるおそる自分のスマホを開くと――。


〔仏父〕「今日は楽しかったお。れんちゃんに英会話を教える係になったお。今から八景島はっけいじまでランチだお。れんちゃんはとってもイイ子だお。みんなも後で来ると良いお。遊園地でフィーバーするお。おごるお」


〔仏〕「しこしこ化してた……。八景島はっけいじまはともかく、英会話を教える係って何だよ。まさか、れんさんと定期的に会う事になったのか」

〔坂〕「若さより経験が勝ちましたか」

〔松〕「あそこでダッシュを決めなかった仏像さんの負け」

〔坂〕「王子様ならぬ王子様おじさまだねえ」

 坂崎と松尾はにやにやしながら首をたてに振る。


〔仏〕「いやおかしいだろ。そもそも俺はファンには絶対手を出さない主義。勝ち負けじゃない。それに、れんさんとうちの父親に何歳年の差があると」

〔多〕「ショックを受けた時に優しくされるとさ、女の子ってのは」

〔仏〕「いやあああっ。止めて。そこまで俺の父親は見境みさかいの無い男じゃない、無いよな、無いと言ってくれ」

 仏像はそれきり頭を抱えてうずくまった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※『悋気りんきの火の玉(落語)』の登場人物。本妻と愛人(妾)の板挟みになる鼻緒問屋の主人。

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