24 宴の後

 グリークラブの発表を両親と見る松尾と別れると、仏像たちはプロレス同好会の引退セレモニー(午後の部)を見ることにした。

 司会を務めるのはもちろん放送部の青柳あおやぎ

〔青〕「赤コーナー 長門祐樹ながとゆうきーっ! 青コーナー 天河龍彦てんがたつひこーっ! レフェリー服部大我はっとりたいがーっ! これが本当に最後の最後のリングイン。さあ一並ひとなみ高校プロレス同好会の花形二人が、今、ガウンを、会場に、投げ入れましたああああ!」

〔客〕「ふおおおおおおお!」

 赤と青のガウンを長門ながと天河てんががブーケトスよろしく放り投げると、観客が雄たけびを上げながらガウンをむしり取る。


〔青〕「赤コーナー 長門祐樹ながとゆうきの逆エビ固め。服部大我はっとりたいがレフェリーがカウントを始める。青コーナー 天河龍彦てんがたつひこ、何とか逃れる! ここで青コーナーの大島がタッチ。さあ戦いは長門対大島に。とここでなんとツープラトン攻撃のドロップキック! 長門は華麗に身をひるがえし、ドロップキックは不発。おおーっと大島、顔をゆがめる。足首をひねったか。何たる自爆!」

 そのまま再度天河てんがにタッチをすると、リングから転げ落ちる大島。

〔仏〕「あの一年生、何がやりたかったんだ」

 仏像が引き笑いで次期プロレス同好会を引っ張る(予定)大島に目をくれているうちに、勝敗が決まりつつあった。

 再度逆エビ固めを掛けられた天河てんがのそばで、マットを叩くレフェリー服部。

〔青〕「三、二、一。ついに、ついに決着の時。赤コーナー長門祐樹ながとゆうきが、マウンテンゴリラもかくやの勝利の雄たけび!」

 午前回に勝者となった天河てんが。午後回に勝者となった長門ながと。そしておなじみのレフェリーコスに身を包んだ服部。

 まさにプロレス同好会らしいブックとアングルである。




〔長〕「俺たちの魂を預ける」

〔天〕「新生プロレス同好会で世界を平らげろ」

〔服〕「俺たちはプロレス同好会での経験をかてに、砂の上の格闘技・ビーチサッカーで新たな戦いにいどみます!」

 プロレス同好会の花形三名は、花束を手にしつつマイクを握っている。

〔客〕「ふおおおおおおっ! 彦龍ひこりゅうーっ! ゆーきーっ! タイガーッ!」

 最前列に陣取る男たちは泣き叫んでタオルを振り回している。

 まさに教祖級のカリスマだ。

 

〔仏〕「あんなに人気があるのに、本当に退部して良いのかよ」

〔三〕「人気絶頂の時にマイクを置くから伝説になるんだよ。百恵ももえちゃんだってそうだったろ」

〔仏〕「モモエちゃんって誰だよ」

 老人達の相手から解放された三元さんげんが、頭からタオルをかぶった仏像の隣でささやく。


〔加〕「彦龍ひこりゅうっ! 愛してるよおおお」

〔天〕「俺も大好きだああああっ」

〔客〕「彦龍ひこりゅうっ! 愛してるよおおお」

〔天〕「やーめーろーよー! 俺は加奈一筋だああああ!」

 加奈がシーサーのような顔をぐちゃぐちゃにしながら叫ぶと、テンションの上がった天河てんがが、マイク片手に叫ぶ。


〔餌〕「黒歴史誕生の瞬間」

〔シ〕「案外、結婚式で延々とこのシーンを見せられる気がしないでもない」

〔森〕「こんな青春を送ってみたかったよ。本当にね」

 えさの女神であるセクシー熟女優・森崎いちごが、えさの隣でため息をつく。

〔餌〕「そんな。いちご様の青春時代はスクールカースト最上位とばかり」

〔森〕「それだったらこんな仕事してないよ。黒歴史も良いところだよ。あたしデブス陰キャで詰んでたし」

〔餌〕「まさか。だって、今となっては百倍近い価格で取引されるデビュー時の写真集も、それはそれは神々しいともっぱらの噂」

〔森〕「そりゃ三百万円以上を掛けて、社長の言う通りに『大工事』をした後だし。それでデブスのままだったら、今頃あたしこの世にいないよ」

〔餌〕「いちご様にそのような歴史があったとは……。それでも僕は、この伴太郎はんたろう十七歳は、今後とも変わらぬ忠誠ちゅうせいを森崎いちご様に捧げます!」

〔森〕「本当のあたしは、息子そっくりのへちゃむくれ顔だよ。パンダ君は若いんだ。あたしみたいなオバサンからは卒業して、年相応の子に行きな。『あたしの宴』はそろそろお開きだからさ」

 森崎いちごは下の息子を抱き寄せながら、さみしそうに笑った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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