31-2 さらばモナコ

 番組制作会社の朝は早い。

 否、朝と深夜の区別がない。

「おっはーみのちゃん。いざパリへGo!」

 カジノに行くと言い残し部屋を出た富士川Pは、朝っぱらからけたたましい笑い声でシャモを起こした。

「いざパリって……。国鉄と空港のストは回避されたんですか」

 シャモのような赤髪を爆発させながら、シャモは腫れぼったい目を富士川Pに向ける。

「いや、とりあえず足が見つかったからさ。向こうさんの気が変わる前に、行こう行こう」

 強引にベッドから引きずり降ろされると、訳の分からないままロビーへ。

 そこには――。

「あひゃーひゃーひゃー。マジでか。みのちゃんって写真映りが悪いタイプか」

 朝の光にはそぐわない巻き髪にフルメイクの女が、カジノの残り香をさせつつけたけたと笑っていた。


「小豆ちゃん、いや、何だっけ。改名したんだっけ。忘れたなも。お待たせ」

「赤飯。小柳屋赤飯こやなぎやせきはん。アタシの真打襲名しんうちしゅうめい披露公演にも来たじゃないの。もう、富士川Pのいじわるうう。ほら、あちらさんの気が変わる前にとっとと出発した方が良いわよ」

 『小柳屋小豆こやなぎやあずき』時代に情報番組のMCとして富士川Pと働いていた小柳屋赤飯は、ロビーの外を親指で指す。

 へこへこと小柳屋赤飯にお辞儀をしながらシャモがロビーを出ると、そこには映画でしかお目に掛からないような白いリムジンが二人を待ち構えていた。


「だ、だ、大丈夫ですか富士川さん。リアリティーショーでも撮る気じゃないでしょうね」

「俺と小豆ちゃんがバックギャモンで勝ったごほうびに、ニースの高速バス乗り場まで連れて行ってくれるって」

 運転手は黒茶色のつややかな肌をしたやせ型の男。サングラスの下の表情はまるで読めない。

「もしかして石油王? だったらプライベートジェットで日本に飛ばしてくれよな。ニースから高速バスでパリまでなんて、半日以上掛かるのに」

「ダメダメ。プライベートジェット環境ダメネ。アナタ若者オヨイデカエリナサーイ。タイセイヨウカラオヨイデマイッタ!」

 シャモがぼやいていると、運転手から妙に流暢な日本語が飛び出した。


「何だそのうちの父親世代のネットミームは」

 三国志の二次創作ユニットから生まれた一粒種のシャモは、二世代前のネットミームに耐性がある。

「小豆ちゃん(小柳屋赤飯)にも久々に会えたし、こんな強キャラのケニア人にも会えたし。いやー、あそこでカジノに行って大正解だったわ」

 フランスとの国境を越えればニースはすぐそこだ。


「オモシロいカッタネ。フジカワピー、スグニケニアニイッテエエ。ケニアパラダイスヨ。ウチのコウチャ、オハナ、プライムクオリティ! オミヤゲサイコウね」

 ニースで二人を下ろした運転手は日本人向けの名産品パンフレットを富士川Pとシャモに握らせると、モナコへと戻って行った。



「うっそマジか。松田君はもうすぐ羽田につくって」

 渋滞に巻き込まれながらほぼ一日がかりでたどり着いたパリ。シャルル・ド・ゴール空港のストは案の定続いている。

「何のためにここまで来たんだ……。だったらいっそケニアから日本に飛べば良かった」

 『逆張りのシャモ』を証明する事実をまた一つ積み上げたシャモの隣で、カウンター越しに謎のボディランゲージと大声で押しまくる富士川P。

 お決まりのけたけた笑いを連発すると、交渉成立。二人は無事機上の人となったのだが――。


「うはっ。見事なやられ顔。まさかシャモさんがシンガポールにお迎えに来てくれるとは。松田君はとっくの昔に羽田について、仏像の家から同伴通学らしいですよ」

 無駄に高いコミュ力と謎のボディランゲージで富士川Pがもぎ取ったのは、シンガポール経由羽田行きエコノミークラス。シンガポールから帰国する餌と同便と言うミラクル付きであった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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