文化祭がやって来る

8 愛しのウルスラ

 週明けの部活時。

 えさがプレハブ部室の鍵を開けていると、応援部の三人がジャージ姿でやってきた。


〔餌〕「あれ皆さんおそろいで。樫村かしむらさんは代替わりで引退したのでは」

〔樫〕「ええ、応援部は引退いたしました。ですが実は奥座敷おくざしきでトラブルがありまして……。それでこちらに」


〔餌〕「えっ、熊五郎さんが怪我でもしたのですか。いやあのヒグマの化身がまさか」

 『落研ファイブっ』にビーチサッカーを教えた『奥座敷オールドベアーズ』キャプテンの熊五郎を思い起こした餌は、小さくかぶりを振る。


〔樫〕「いやいや、祖父が『いとしのウルスラ』を出禁になりまして」

〔餌〕「愛しのウルスラ?」

 樫村かしむらが相変わらずていねいな口調でえさに応じていると、後からやって来た服部が応援部に声を掛けた。


〔服〕「本当にありがとうございます。これで紅白戦が出来るようになりました」

〔多〕「経験者が合流してくれて助かるよ。『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』が解散した分、こっちで存分に暴れてくれな」


〔餌〕「えっ、『奥座敷オールドベアーズ』が解散したって本当に?!」

 応援部元部長にして一並ひとなみ高校落語研究会ビーチサッカー化計画の首謀者しゅぼうしゃである樫村かしむらを、えさはしげしげと見た。



※※※



〔服〕「熊五郎さんが『愛しのウルスラ』、えっとカラオケパブね。そこで大暴れして出禁できんになったんだって。そこのママが清八せいはちさんのいとこで、『奥座敷オールドベアーズ』は空中分解」


〔仏〕「いい年したジジイが何やってるんだか。ま、そのおかげでこっちは即戦力を三人もゲット出来たって訳だ」

 サッカー部との合同ウォームアップを終えた服部と仏像を、多良橋が大きく手招きする。


〔多〕「二人とも早く戻ってこーい! 今日は念願の紅白戦をやるぞ。呼ばれた順に赤ビブスと黄ビブスを取ってくれ」


〔餌〕「ハンドスプリングスローっ!」


 紅白戦の一言に、待ってましたとばかりにえさがプレハブ部室から飛び出してきた。


〔多〕「文化祭の練習はどうした。長津田ながつだ君を一人にしてどうする」

〔餌〕「一人が好きだって言うし」

〔多〕「ああもう、ちょっと待ってろ」

 多良橋たらはしはプレハブ小屋に入って長津田と短く言葉を交わすと、えさに黄ビブスを渡した。



※※※


 

〔今〕「な、な、何じゃこりゃーっ」

〔井〕「呪いの人形ひとがた?」

 紅白戦とクールダウンを終えてプレハブ部室に入った一同を、一面の紙吹雪が見舞う。


 ハサミを手に机に突っ伏した長津田のかたわらには、一冊の古びた本があった。


【あなたも出来る 紙切り入門】


〔松〕「ネコですか」

 戦術分析ノートを片手にした松尾は、一枚の紙片を拾い上げる。

〔仏〕「これ、全部ネコじゃねえか。一人でずっとコレ切ってたって事だろ。良く飽きねえな」

 仏像フィギュアを作るほどの仏像フェチである事を棚に上げ、仏像はじっと長津田の寝顔を見る。


〔餌〕「津島君も長津田君も、集中力が半端ないんだね」

〔今〕「津島君ってあの後どうなったの。演芸場で出待ちして熱中症になったんだよね」

 今井がカッターシャツを羽織りつつたずねる。


〔餌〕「それが、出待ちのお目当てだった中林家菊毬なかばやしやきくまり師匠の所に部活代わりに通っているんだよね。落語力の余りの高さに、菊毬きくまり一門で今注目の的なんだって」

 へえそりゃ良かったじゃん、と今井があいづちを打っていると――。


〔長〕「ウルスラ俺だ結婚してくれーっ!」

 長津田がむくりと起き上がって絶叫するなり、再び机に突っ伏した。



※※※



〔仏〕「ウルスラって誰だよ」

〔餌〕「山下ウルスラ弓香ゆみかの事? まだ青いかな。素材は良いよ」

〔松〕「多分違うと思います」


〔餌〕「山下ウルスラ弓香に反応するあたり、松田君はスレンダー黒髪お姉さん系美女好みと見た」

〔松〕「いやそうじゃなく」

 紙ごみ拾いを手伝った仏像と松尾にえさが、長津田をからかいつつ帰宅の途につく。


〔餌〕「それはそうとあれだけ大声が出せるなら、いつも出せばいいじゃん。『ハンドスプリングスローっ』」

〔仏〕「ここで叫ぶなよ」

 商店街を行きかう買い物途中の面々が、ぎょっとした顔でえさを見る。


〔松〕「そもそも長津田ながつだ君は何で文化祭の出し物を紙切りにしたの。小噺こばなしの方が楽だと思うけど」

 『後藤、五十日ごとうびに強盗』『屋根が無いから(/ω\)イヤん、ねー♡』『布団が吹っ飛んで(/ω\)イヤん、ねー♡』などと、松尾は怪しい小噺こばなしもどきをつぶやく。

 

〔長〕「それは僕の美意識が許さない。まさかとは思うけど松田君、文化祭の出し物はまさかその、年代物の漫画チックな小噺こばなしをやるつもり」


〔松〕「それはさすがにダメ出しされて」

〔仏〕「ダメに決まってるだろ。痛い人認定されたら仕事に支障が出るぞ」

 『しこしこさん』と『みのちゃんねる』のフォロワーの時点で相当痛い人ですから何を今更と松尾は笑う。


〔松〕「で、物は相談なんだけど長津田君」

〔長〕「ヒューマン・ビート・ボックス? 寡聞かぶんにして知らないが」

 松尾の提案に、長津田は生真面目そうな顔を更に固くした。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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