9 議題はずばり文化祭

〔餌〕「ではでは皆注目うううっ。落研総会を始めまーす。議題はずばり文化祭について」

 オブザーバーとして三元さんげんとシャモが後ろで見守る中、総会が始まった。


 時は九月中旬。

 季節の変わり目を告げる雨がひときわ激しい某日ぼうじつの事である。



〔今〕「ちわーっす。あれ今日部活休み」

 服部達の姿が見えず、今井は困惑しながら制服姿の面々を見る。


〔多〕「連絡は入れたはずだが。サッカー部も今日は練習休みだし、この雨で練習しろとは言わないって」

 スマホ忘れたんっすよと言いながら、今井は後部席のパイプ椅子を引っ張り出して雨宿りとしゃれこんだ。



〔下〕「まっつーん、忘れ物」

 えさが再び本題に入ろうとすると、びしょぬれになった下野しもつけがバインダー片手にやってきた。

 仏像からタオルを受け取った下野しもつけをちらりと見ると、餌は再びホワイトボードに向き直る。


〔飛〕「松田君」

〔餌〕「もう『天丼(同じボケを何度も重ねる)』はおなか一杯なのっ!」

 傘をたたむ飛島に向かってぷりぷりとしながら叫んだ餌に、『天丼』って何スカと下野が問いかける。



〔餌〕「『天丼』の実演は後でそこの三年生二人にやってもらうとして」

〔シ〕「楽しようとすんじゃねえよ。お前ら二年が『天丼』やれよ」

〔餌〕「そう。それなんですよ。今日の僕の主な標的ひょうてきはそこの二年四組」

 ずびしっと餌は指示棒を仏像に向けた。


〔餌〕「政木五郎まさきごろう君」

 仏像はああん? とだるそうに餌を見上げた。



※※※



〔仏〕「だーかーら。ちゃんと文化祭の出し物は考えてあるって言ったろ」

〔餌〕「内容を知らないとプログラム構成が出来ないでしょ。モテない認定された分際ぶんざいでもったいぶっちゃって」


〔仏〕「な、何でお前がそれを」

 千景ちかげからの『モテない認定』がぐっさり刺さっている仏像を、痛烈なクリティカルヒットが襲う。


〔今〕「合コンで女の子を仏像に例えるのは無しだろ」

〔松〕「しょうがないじゃないですか。仏像さんは如意輪観音にょいりんかんのんで白米を食べる人ですから」

 人類にはまだ早すぎる趣向しゅこうの持ち主なんですよと、松尾がフォローにならないフォローをする。


〔餌〕「で、仏像の出し物は大まかに言えば何系なの。あとは分数」

〔仏〕「形態模写けいたいもしゃ。助手は松尾。約三分」

 すっかりしおれた仏像が餌の質問に訥々とつとつと答える。




【仏像/松田君 形態模写(三分) 長津田君/松田君 紙切りwith ヒューマン・ビート・ボックス(三分) ロトエイト(麺棒君) ペン回し(二分) あざとかわいい伴太郎はんたろう様 落語『夏どろ』(九分)】


〔餌〕「時間が余るなあ……」


 餌はホワイトボードにそれぞれの演目を書き出すと、顔をしかめた。


〔シ〕「結局『夏どろ』かよ。ビーチサッカーをネタに新作落語を作るって話はどこやった」

〔三〕「松田君、声帯模写せいたいもしゃもピンでやろうよ」

 即座にオブザーバー席から物言いがつく。


〔餌〕「今の僕に新作を練る時間があると思います? 文化祭後に交換留学に行かなくちゃならないのに」

〔松〕「声帯模写は仏像さんのナレーションでやるので」

〔仏〕「ネタバラシするな」


〔餌〕「ふーん。僕らにも絶対ネタを見せさせないつもりね。それで今年の春並みに滑ったら大惨事だいさんじだよ」

 部活説明会でのダダ滑りの元凶である餌は、自分の事を棚に上げて仏像を詰めるも。


〔仏〕「お前の『夏どろ』で取り返せば済むだろ」

〔餌〕「うわっ、感じ悪っ」

 お互いに引き笑いを浮かべると、仏像はつと真顔になった。




〔仏〕「あと四十分以上時間が余るのか。『夏どろ』の枕(導入部)を伸ばせねえか」

〔餌〕「『夏どろ』ジャカルタ版で良いなら。それかシンガポール版」

〔仏〕「それはダメだ。絶対」

〔餌〕「だったら仏像も落語やってよ」

〔仏〕「俺は見る専」

 仏像と餌が見えない火花を散らしていると、気配を消していた長津田ながつだがおずおずと手を上げた。


〔長〕「津島君は頭数に入れないので」

〔餌〕「そうだ。津島君」

 餌がすがるように多良橋たらはしを見ると、多良橋はスマホを手に部室を後にした。



※※※



〔三〕「確かに津島君はものすごい勢いで落語を習得しているらしいが、四十分も背負わせるのはどうかと思うぞ」


〔シ〕「見に来るのは生徒に父兄なんだから、小噺こばなし大喜利おおぎりの方が良くねえか」


〔餌〕「大喜利はやっぱり五人が揃わないと。それとも文化祭だけお二方も復帰しますか」

〔三〕「やだよ。お前らの代なんだから自分で何とかしろ」

 すげなくあしらわれた餌は、じっと飛島を見た。



〔飛〕「ちょっと待ってください。僕は放送部です。今日は松田君に用事があって待っているだけで」

 えさの思惑に気が付いた飛島は、たじろぎながら後ずさりする。


〔シ〕「そう言えば飛島君はマジック入門キットをもらったよな。ほらあの合同お誕生日会(※)の時にさあ」

〔三〕「そうだよ。いいか、『味の芝浜』の飯を食ったやつはみんな落研扱いなんだよ」

〔飛〕「くっ――。あれは孔明の罠だったか。えっと、僕、急用を思い出しました。失礼します」

 あわててプレハブ部室を立ち去ろうとする飛島の前に、サッカー部のキャプテンとなった山下が現れた。


〔山〕「政木まさき、今日この後空いてるか」

〔仏〕「山下。扉ディフェンス。飛島マーク」

〔山〕「こうか」

 仏像の指示に、山下が堅固なディフェンスで入り口をガードした。



〔シ〕「餌、仏像、松田君、飛島君、長津田ながつだ君。ほら大喜利おおぎりできるじゃん」

〔長〕「僕座布団運びで」

〔仏〕「オレ進行な」

〔飛〕「おかしい、こんなのは許されない。僕は放送部ですっ」


 山下に捕獲ほかくされた飛島が、太ぶち眼鏡を掛けたキューピー人形のような顔をゆがめて抗議の声を上げた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※合同お誕生日会はこちら→https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330668253027833

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