10 首長族が昇天?!

 秋雨前線あきさめぜんせんは引き続き活発。


 ビーチサッカーピッチに掛けられたブルーシートが激しい雨音を立てる中、隣のプレハブ部室では落研が猛練習中である。


〔松〕「鶴のおんが『つー』、鶴のめんが『るー』と飛んで来て首長族くびながぞくになりよってん」


〔餌〕「ちがうちがう。首長族になってない! 首長族じゃなくて首長鳥くびながどり。順番もおかしい。先に首長鳥くびながどりのくだりを話してから、鶴の話に移るの。首長鳥が『つー』『るー』と飛んで来たから名前が『つる』になったの。分かった?」

〔松〕「ちがうちがう。首長族」


〔餌〕「いや、いまの『ちがうちがう』はそうじゃなくて」

〔松〕「いや、いまの『ちがうちが』」

〔餌〕「うわわあ、だからそうじゃなく。松田君、Sitおすわり!」


 『つる』を松尾に指導していたえさが、滑稽噺こっけいばなしのようなやり取りに髪をかきむしる。




〔松〕「とにかく首長族のおんがご隠居の庭に『つー』」

〔仏〕「松尾に開口一番かいこういちばん(※)をやらせるのはやっぱり無理だって」

〔松〕「やりますよ、やりますとも。落研の持ち時間を何とか埋めなくては」


 松尾の脳内での『つる』は、首長族の雄がご隠居いんきょの庭に飛んでくるらしい。

 松尾が突貫工事で『つる』を覚えようと悪戦苦闘していると、多良橋たらはしが出席簿片手にやって来た。


〔多〕「今年の文化祭は完全招待制だ。必要な枚数だけを取って、この紙に取った枚数と名前を書くように」

 多良橋たらはしは入場許可証の束を机の上に置くと、A4判の紙を広げた。


〔仏〕「二年前もそうすべきだったんだって。文化祭を一般開放するからあんな事になったんだよ」

 二年前の文化祭の悪夢を思い出した仏像は、うんざりとした顔で入場許可証を手に取る。


〔多〕「政木まさき事件の教訓が生かされたって事で。あれも無駄じゃなかったんだよ」

〔仏〕「俺は未だにトラウマもんだけどな」

 仏像は深いため息をついた。



〔多〕「それにしても松田君がどうなる事かと戦々恐々だったが、今の所無風で何よりだ」

 

 つる、首長鳥、ご隠居さん、浜辺の松、唐土もろこしとぶつぶつ言いながらメモ用紙に書きつけていた松尾が顔を上げた。


〔松〕「今回は思いっきり『アレな人』キャラをつけましたから大丈夫です。『しこしこ』さんとか『しこしこ』さんとか」

 自身のSNSを『ざるうどんしこしこ』と『みのちゃんねる』のリポストで八割がた埋めている松尾は自慢げに胸を張る。


〔多〕「それぐらいしておいた方が良いよ」

〔仏〕「ガチ恋連中はすぐにいなくなるけど、ママ連中は何十年でも夢を託してくるからな」


〔麺〕「そこが男との大きな違いなんだよ。いくら年の差があったって、男はどこかに下心があるもんね。そうでしょ先生」

〔多〕「何で俺に振る」

 文化祭の助っ人に駆り出された放送部の麺棒めんぼうの言に、多良橋たらはしが苦笑いをしつつもうなずいていると、がらりとプレハブ部室の引き戸が開いた。



〔今〕「ちわーっす。企画書作って来たんだけど。この前時間が余っているって言ってたし」

 ビーチサッカー部門に入ったはずが、演芸部門にも興味津々きょうみしんしんの今井が企画書片手にやって来た。


〔餌〕「このメンバーで大喜利おおぎりはきついって」

 今井から企画書を渡された餌は、無理と言いながら仏像に企画書を回した。

 企画書と題されたノートの切れ端には、『昇天しょうてん? 座布団をとったりとられたりするアレ』と大書されている。


〔仏〕「『昇天しょうてん』ねえ。せっかくだから座布団十枚を十界じっかい(※)で表せば。とりあえずデフォルトが五枚で人界にんかいから」


〔松〕「座布団一枚が地獄界で十枚集まったら仏界? 誰もついていけませんよ」

〔麺〕「仏教系の学校ならまだしも、うちら普通の私立だし」

 松尾と麺棒めんぼうにダメ出しを食らった仏像は、すっかり大人しくなる。


〔今〕「後ね、俺もネタやっていい? さあ末は沢村かスタルヒンか。期待の新人、今井雄三君の第一球は」

〔今〕「ラアアッイイッ(大声)!」

 それまでほぼ無言だった長津田ながつだが、耳を真っ赤にして机に突っ伏した。


〔仏〕「今の完全に勢いだけだったろう」

〔松〕「長津田君の笑いのツボが分からない」

 突っ込みを受けた長津田は、未だに立ち直れない様子で肩を震わせている。


〔餌〕「今井君、それ本番でやってよ。何分ぐらい」

〔今〕「それこそ何分でも出来るけど、ダレない程度なら三分ぐらいかな。そう言えば津島君って結局どうなった」


〔餌〕「今回は黒子と寄席よせ文字書きをやるって。後は『夏どろ』の作品解説を書く、って言うかもう書いてきた」

〔仏〕「何この教科書に載りそうな格調高い文章は」


〔松〕「さすが太宰治だざいおさむの本名とほぼ同じ氏名」

〔長〕「やはり津島君は天才」

 仏像から原稿を受け取った長津田は、何度も原稿をぼそぼそと音読した。



※※※



〔シ〕「お疲れさん。入場許可証ある」

 部活終了近くになって部室に顔を出したシャモは、五枚分の入場許可証を餌から受け取った。


〔多〕『みのちゃんねる』の特典にしちゃだめだぞ。リアルに知っている人限定な」

〔シ〕「えっ、あさぎちゃんさんから五人分頼まれたんだけど」


〔今〕「マジで。また海水浴の時みたいにジェシカ様やまりもたんも来るんっすか」

〔餌〕「森崎いちご様! いちご様plz」

 グラビアモデルのあさぎちゃんの名に、今井と餌が目の色を変える。


〔シ〕「昇天ヘブン中の所済まんが……。餌、落ち着いて聞いてくれ。森崎いちごは三人の子持ちであることが判明した」

 その一言に、小さな体を乗り出していたえさの時が止まった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


開口一番かいこういちばん 寄席よせの冒頭で前座ぜんざ(修行中の身分)が修行の一環として披露する短いはなし。寄席の演目外として扱われる。


十界じっかい 仏教における概念の一つ。最下層を地獄界とし、最上を仏界とする。

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