22-1 うどん粉病Tシャツ お披露目

〈土曜日午後一時 味の芝浜〉


〔み〕「時坊には揚げ物をやっちゃ駄目だよ。ケーキの代わりはあんみつね。時坊は代わりにところてん」

 餌が合コン用にため込んだ優待券を使ってお誕生日会を行うはずが、三元みつるの強硬な反対にあい、味の芝浜でのお誕生日会となったのである。


〔三〕「ビワの葉茶で乾杯ってしまらねえよ。ジュースでも出してもらうか」

〔シ〕「俺らビワの葉茶でも大丈夫よ。あのスーパー野菜ジュースじゃなければ何でも良い」

 飛島がビワの葉茶の入ったピッチャーを珍しそうに見た。




〔シ〕「ではさっそくプレゼント贈呈ぞうていのお時間でーす。特注品だぜ感謝しろ」

 新香町美濃屋しんこちょうみのやの袋を三人が開けると、色違いのTシャツが出てきた。


〔三〕「俺がカレー色、飛島君が深緑ふかみどり、餌がピンク」

〔餌〕「何このうどん粉病みたいな模様は」

 餌は飛島のTシャツに入った白のワンポイントを指した。


〔シ〕「お前のにもあるよ。太陽の輝きと花火のイメージ」

〔餌〕「うどん粉病じゃん」

〔仏〕「縁起悪いわ」

〔松〕「あっ分かった! 宇治うじミルクかき氷!」

〔飛〕「それだっ。松田君ありがとう」

 嬉しそうに深緑色のTシャツを抱きしめた飛島に、えさが『チョロい』とつぶやく。



※※※



〔み〕「あんた達相変わらず良く食べるねえ」

 松尾と仏像に飛島が無難にプレゼント交換をこなす中、ちらし寿司と茶碗蒸しを運んできたみつるが、空皿に目を丸くする。


〔み〕「時坊はあんみつの代わりにところてんだよ。揚げ物は食べなかっただろうね」

 みつるは人数分のあんみつを並べると、最後にところてんをテーブルに置いた。



※※※



 ところてんを手元に引き寄せた三元は、よっこらしょういちと言いながら紙袋をごそごそと探る。

 飛島にはマジック入門キット、餌には小柳屋御米こやなぎやおこめ版『夏どろ』の収録された落語DVDが渡った。

〔三〕「文化祭に間に合うように」

〔餌〕「僕に『夏どろ』をやれと」

〔三〕「お前の親父の武勇伝だろ」

〔餌〕「僕の父が学生時代に『夏どろ』そのものの事態に出くわしたのは確かですが」

 餌はDVDの収録作品をざっと見ると、この中からなら『夏どろ』かとつぶやいた。


〔シ〕「親父がコソ泥に家賃と光熱費を肩代わりさせたあれな」

〔仏〕「餌の親父は飛んでもねえよな。マフィアを買収し返して嫁と子供を日本に逃がすとか、堅気かたぎじゃないわ」


〔餌〕「一応当時は普通の事業家だったんですが、今じゃどうなってるんだか。いつもニコニコしてれば最後には勝つってのが信条だったんで、案外上手にやってるとは思います」

〔三〕「だからそんな親父の血を引く餌が『夏どろ』をやらないで、誰がやるんだって話だよ」

 面倒くさいなと言いながら餌はDVDをカバンに仕舞った。


〔飛〕「まさか僕も落語研究会として文化祭に出す気ですか」

〔三〕「味の芝浜しばはまで釜の飯を食った以上は、落語研究会のメンバーとしてカウントされるから」

〔飛〕「聞いてないですよ」

 と言いながらも、飛島はマジック入門キット付属の小冊子をぺらぺらとめくった。




〔三〕「で、最後の最後に一番問題の『奴』のプレゼントの番だ」

〔シ〕「去年の俺あてみたいなプレゼントは論外だぞ。飛島君の前だ」

 『問題の』餌のプレゼントに、シャモがおそるおそる餌の様子をうかがった。


〔餌〕「分かってますって。僕は資源を大切にする男。逗子海岸ずしかいがん特製ふりかけを自作しました。はいあーん」

 餌は言うなり仏像のちらしずしの上に小瓶の中身を振りかける。


〔餌〕「あっ、キャップ外れた!」

〔仏〕「何すんだよ。何だこの食欲があからさまに失せる色」

 ボトル一本分の特製ふりかけで真っ青になったちらし寿司を、仏像はエイリアンに初めて遭遇したモブキャラのような目で見た。


〔シ〕「あれか、逗子海岸の『ダイエット』素材の残り物か。絶対要らねえ」

〔餌〕「重曹じゅうそう、クエン酸、おから、ゆず味噌ににがりを混ぜ混ぜし、ブルーハワイシロップで色づけた逸品にございます」

〔仏〕「絶対試食してねえだろ」


〔餌〕「初物は政木五郎まさきごろう様に捧げるのが流儀」

〔仏〕「お前が食ったら食う。せーの」

 スプーンで互いの口に青く染まったちらし寿司を突っ込んだ瞬間、二人は猛烈もうれつな勢いでビワの葉茶を取り合った。



 口中を蹂躙じゅうりんする食用クエン酸を洗い流した二人がげっそりとした顔で座敷に戻ると、三元さんげん飛島とびしまが早速シャモデザインの特注Tシャツに身をつつんでいた。


〔餌〕「このうどん粉病Tシャツで試合に出ればよくないですか」

〔仏〕「また新香町美濃屋しんこちょうみのやの売上に貢献させられるのかよ」

〔シ〕「毎度ありがとうございます! アウェーとホームで色違いで。えっと部員増やすか。補欠もいるだろ」

 エア電卓をたたくシャモの顔はまるきり商売人のそれである。


〔仏〕「そんな理由で部員を増やすな。落研の着物と小物だけに飽き足らず、Tシャツまで俺ら相手に売りさばこうと」

〔松〕「その前に、普通のTシャツで試合に出られるのでしょうか。ユニフォームも規定があるのでは。調べてからでも遅くはありません」

 商魂たくましいシャモの試みを打ち砕いた松尾は、スマホをすいっと取り出した。


〔松〕「ちょうど皆様おそろいですし、戦術分析官の松田松尾から一つ提案が」

〔シ〕「何だよ」

 改まった口調でスマホを目の前に置いた松尾にシャモが身構えた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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