21 善意のかたまり(拒絶したい)

〔仏〕「おっ、三元さんげん復活。大丈夫か」

 保健室から病院に出荷され、二日ぶりに顔を見せた三元さんげんに仏像が声を掛けた。

〔三〕「病院から戻って以降の食事制限がきつすぎて、このままだと餓鬼道がきどうに落ちそう」

 三元さんげんはため息を付きながら制服のボタンをゆるめる。


〔三〕「朝はイワシの洗いから始まって弁当は『長屋の花見』弁当」

〔仏〕「イワシの洗い?! それこそ落語以外で聞いたこともねえ」

〔シ〕「大根をターメリックで染めて卵焼きにする位には手間がかかってたよな、あの弁当」

〔三〕「日本酒の代わりの『お茶け』の代わりが、みつるばあちゃんの愛読書『ゆんゆん』のスーパー野菜スープだし」

〔シ〕「あれを飲んだ瞬間の餌の顔を見せたかった。ひどい顔してやがったわ」

〔三〕「あの雑食性の餌があそこまで嫌がるものを毎食飲まされる身にもなれよ」

 これが続くようなら家出するかもと、上目遣いでシャモを見た三元であったが――。


〔シ〕「断る。シューマイ弁当をおやつ代わりにした付けを払う時が来ただけだろ」

〔仏〕「となると、三元さんげんの大好きな駅弁大会もお預けか。せっかく駅弁大会があるってのにかわいそうに」

〔三〕「鬼かっ! そんな情報わしは知りとうなかった」

 三元さんげんは駅弁名を物欲しげにつぶやきながらポップアップテントへと巨体を潜らせた。




〔餌〕「ハッピーバースデー トゥーミー♪」

 ピッチサイドにやってくるなりカッターシャツを脱ぎながら大声で歌い始めた餌に、飛島がいち早く反応した。

〔飛〕「ハッピーバースデー」

〔下〕「トゥーユー」

〔餌/飛/下〕「ハッピーバースデーディア」

〔シ〕「ちょっ、お前ら俺のパンツ知らね」

 一番大切な部分をシャモに台無しにされて、餌は自分のカッターシャツをシャモに投げつける。


〔餌〕「僕の一年一度の大切な晴れ舞台にケチ付けやがって」

〔飛〕「餌さんのお誕生日ですよ」

〔シ〕「それどこじゃねえって俺パンツどこやったっけ」

〔仏〕「きったねえ! 誰のパンツだよふざけやがって」

 餌がカッターシャツを鞭のようにしならせながらシャモを叩いていると、仏像がうぎゃーっと叫び声をあげた。


〔シ〕「ちょっ、俺のパンツ返して」

 仏像が風に煽られて顔に張り付いたグレーのボクサーショーツを地面に叩きつけると、砂を含んだ風がぶわっとブルーシートを揺らしてパンツを巻き上げた。

〔下〕「大丈夫っす。すぐ保健室でオムツもらってくるっす!」

 シャモが待てと叫ぶ間もなく、下野は校舎へと駆け込んだ。



〔下〕「シャモさん、保健の滑川なめりかわ先生がお大事にだそうです。パンツは無くし物帳に書いて来たんで、見つかったらシャモさんの手元に戻りまっす」

 息を切らせながら保健室から戻って来た下野の手には、分厚い紙おむつが握られている。


〔下〕「使ってください、どうぞ」

 リスのような純真なまなざしでシャモに紙おむつを差し出す下野しもつけに、シャモが取るべき選択肢はただ一つ。


〔シ〕「ありがと。助かったよ」

 昔ながらのごわごわと厚い紙おむつを受け取ると、シャモはポップアップテントに姿を消した。




〔服〕「どうしたんすか」

 遅れてやってきた服部と長門ながとが不審な動きのシャモにたずねると、シャモは大した事じゃねえよと短く告げた。

〔餌〕「紙おむつ」

〔シ〕「言うな」


〔服〕「保健室からもらってきた奴っすか。あれはあんまりね」

〔長〕「結局部費でスリムタイプの紙おむつを買ったし。一枚上げましょうか」

〔シ〕「うん、でも下野君がもらってきてくれたし。あの子、善意のかたまりみたいな子だからね」

 シャモはごわごわの紙おむつに違和感を感じつつ、部活時間をやり過ごした。

 結局、シャモのパンツは行方知れずのままである。



※※※



〔仏〕「そう言えば餌今日誕生日じゃん。何か食いに行く」

 制服に着替えたものの違和感たっぷりの紙おむつを気にするシャモをいじるのにも飽きた一行は、餌の誕生日に話を切り替えた。


〔餌〕「そうだよ。シャモさんの小汚いパンツのせいで、お誕生日おめでとうございますってそこの野獣眼鏡やじゅうめがねに言ってもらえなかった」

〔松〕「おめでとうございまーす(棒)」

 野獣眼鏡やじゅうめがねと呼ばれた松尾は、わざと棒読みで餌に応じる。


〔餌〕「中学までは、後輩共から三十度に頭下げられながら『おめでとうございます』の花道通ってハッピーバースデー。それが今となっちゃせっかく後輩が出来たって言うのに」

〔下〕「サッカー部ですらそこまでやりませんよ。吹奏楽部って超ブラックで上下関係厳しいって本当っすね」

〔餌〕「本当にね。パンツ脱いで無くしちゃう上級生にすら敬語になっちゃうし」

 餌はちらりとシャモを見て舌打ちした。


〔餌〕「そう言えば飛島君も僕と誕生日が一日違いでしょ。だから三元さんげんさんと僕と飛島君の合同お誕生日会を開いてください」

〔シ〕「いつよ」

〔餌〕「今度の土日のどっちか。飛島君に都合は合わせます」

 飛島がぎょっとした顔で餌を見た。



※※※



〔飛〕「ちょっ、ちょっと待って松田君。時間ある。誕生日会の事なんだけど、本当に開く気なのかな。日曜日はどうしても駄目で。それに門限も午後八時だし」

 仏像と一緒に改札へ向かっていた松尾に、飛島があわてたように声を掛けた。


〔松〕「来ないからって怒るような人じゃ無いとは思うよ」

〔仏〕「あいつボーリングかカラオケをやりたいんじゃないか。優待券がまだ余っているらしい」

〔松〕「でもそれだと食事制限中の三元さんげんさんを呼べませんよね」


〔仏〕「まさかの『味の芝浜』コースか。とりあえず都合の良い時間帯を伝えておけば。気が乗らないなら適当に理由付けて逃げても良いし」

〔飛〕「土曜の昼間に三時間程度なら何とか。家の許可が出れば、ですが」

〔仏〕「【丸飛グループ】の箱入り御曹司おんぞうしは大変だねえ」

〔松〕「凄いお坊ちゃまって事」

〔仏〕「ここらじゃ名の知れた一族。ほらあのポスターの右下見て」

 仏像は改札近くのポスターをちらりと見た。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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