14-2 展覧会の絵

 草サッカー同好会改めビーチサッカー部門の新入りである今井。

 慣れ親しんだ野球部のユニフォーム姿で舞台に向かって深い礼をすると、おもむろにピッチングフォームを取った。


〔今〕『さあ末は沢村かスタルヒンか。期待の新人、今井雄三君の第一球は』

〔今〕『ラアアッイイッ(大声)!』

 叫び終わった今井は野球帽を片手に深々と礼をする。


〔葛〕「沢村にスタルヒンって(苦笑)。あたしが生まれる前の話だよ」

 野毛のげの大師匠こと葛蝉丸かずらせみまるが懐かしそうにくすくすと笑う。


〔今〕『続きまして、日米野球に登板したスタルヒンに主審の今井雄三君が一言』

〔今〕『ラアアッイイッ(大声)!』

 またしても野球帽片手に真顔で深々と礼をする今井。


〔今〕『続きまして、トンボユニオンズ対近鉄パールス戦のスタルヒンに主審の今井雄三君が一言』

 正眼の構えを取る剣豪のごとき緊張感。そして――。


〔今〕『ラアアッイイッ(大声)!』

 緊張と緩和を巧みに操る今井は、野球帽片手に深々と礼をすると、絵画のように動きを止める。


〔う〕「スタルヒンにトンボユニオンズって、大鵬たいほう力道山りきどうざんよりもさらに前の話じゃねえか。あの野球の坊ちゃんも年齢詐称さしょう組かえ」

 松脂庵まつやにあんうち身師匠は目をしょぼしょぼさせながら隣席の三元を小突いた。

 

 今井本人はもちろんの事、老紳士淑女ですらほぼ分からない世代のネタ。

 にも関わらず、今井が操る緊張と緩和によって笑い声が間欠泉かんけつせんのごとく上がる。


〔今〕「良い感じに温めといたから」

 舞台脇に戻って来た今井は、緊張した面持ちの長津田ながつだと松尾に親指を立てた。




【紙切りwith ヒューマン・ビート・ボックス 長津田敦ながつだあつし(一年)/松田松尾まつだまつお(一年)】


 『落研ファイブっ』と二度の対戦を果たした『うさぎ軍団』の三名が見つめる中、松尾のヒューマン・ビート・ボックスに合わせて長津田がハサミを動かし始めた。


 口からベースやドラム音を出しつつ、空き缶や紙袋を自在に操って立体的なサウンドを作り上げていく松尾。


〔青うさぎ〕「あの紙切りの子、あんな事を隣でやられて良く真顔で紙切り出来るよね」

〔赤うさぎ〕「しほりん、『アレ』に負けてピアノを辞めたの。ちょっと早まったんじゃない。『アレ』だよ『アレ』」


 下野しもつけとピンクうさぎこと藤沢史帆理ふじさわしほりに挟まれた赤うさぎは、会場をざわめかせる松尾を見つつ引き笑いをする。


〔下〕「何でマクダーナの紙袋であんな音が出せるんだろ」

 下野しもつけは顔の筋肉を自在に動かしつつハンバーガーショップの紙袋を打ち鳴らす松尾に釘付けだ。



 一方遠路はるばる群馬からやって来た松尾の両親に下宿先の主は――。


〔松尾父〕「母さん、松尾は小さい頃から全然変わらないねえ」

〔松尾母〕「おばあちゃんの枕をマラカス代わりにして遊んでいたわよねえ」

〔千〕「空き缶や紙袋を楽器代わりにするのもあの頃からよ。松尾ちゃんって本当に」

〔三人〕「かーわーいーいーっ」

 親バカを隠そうともしない三人がスマホを掲げる中、こんどこそつつがなく演目を終えた松尾は、長津田の後に続いて舞台袖へと引っ込んだ。


 松尾は休む間もなく、一旦下りた暗転幕の中でばたばたとキーボードをチェックする。


〔松〕「こちらの準備は大丈夫です。仏像さんは」

〔仏〕「OK。万事練習通りに頼む」

 舞台中央にしつらえられたパーテーションの奥から、仏像がくぐもった声で応じる。


 暗転幕あんてんまくが上がる中、松尾がキーボードで『展覧会てんらんかいの絵』のプロムナード(※)を弾きはじめる。


〔史〕「展覧会の、絵……」


 プロムナードの終わりを告げる和音を松尾が重々しく鳴らすと共に、黒子役の津島が舞台中央にしつらえられたパーテーションを無言で開けた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※ムソルグスキー作曲『展覧会の絵』の冒頭曲。テレビ番組等で一度は聴いたことがあるのでは。

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