20 ファンの女

 半額処分のワカメ呼ばわりされた仏像と松尾は、はあはあと息を切らせてプレハブ部室にたどりついた。

 その後ろから下野しもつけ達と天河てんがに加奈がやってくる。


〔多〕「What’s upどうした? 化け物から逃げてきたような顔しやがって」

〔仏〕「入場許可証が全く機能してねえ」

〔下〕「化け物、いたっす」

 まさかまたゴー君ファンが暴徒化ぼうとかしたのと多良橋たらはしは眉をひそめる。


〔仏〕「いやそれが、松尾の偽母ちゃんが発生した上に、麺棒めんぼうファンが爆誕しちまって」

〔松〕「僕の母は一人で十分です」

 松尾が不服そうに付けくわえる。


〔仏〕「それにしたって、ファンの女って何であんなにキメエんだろ」

〔松〕「ちょっと」

 小声で仏像をたしなめる松尾の表情に、仏像は気づかぬままである。

〔仏〕「ファンの女と仲良くなるとかありえねえ。ファンの時点で自動的に足切り。リスク物件じゃん。冷静に考えたら分かるだろ」

〔松〕「仏像さんっ!」

 仏像のシャツの裾を引っ張る松尾にうながされて、仏像は目線を上に向ける。

 そこには、七年越しの仏像ファンである井原いのはられんが無言で立ち尽くしていた。


〔松〕「え、あの……。その、首の、銀の輪っか。とってもお似合いデスヨ、ハハ、ハハハ」

 壊滅的なまでにぎこちなく話題を変えようとする松尾。

〔仏父〕「みんな、おまたせーっ。差し入れだよー。あれ、れんさん?」

 正門まで迎えに来たういと大和を引き連れて、仏像の父が顔を出す。その脇をすり抜けるようにして、れんは無言で正門方面へと走り去った。


〔松〕「仏像さん。れんさんを追いかけて!」

〔仏〕「何でだよ」

〔うい〕「ゴー君。れんちゃんに何を言ったのけ?」

 凍り付いた場の空気と松尾の発言、そして不自然なほどに我関せずな態度の仏像――。

 ういは、常になく硬い表情で仏像に詰め寄った。


〔仏〕「れんさん何も言ってねえ」

〔松〕「良いからすぐに追いかけて。誤解はその場で解かないと、後々やっかいな事になるんですって」

〔仏〕「誤解って何だよ。俺は一般論を述べただけであって、れんさんの事だなんて一言も」

〔仏父〕「こちらはみなさんでどうぞ。じゃ、ぼくはこれで」

 ぐだぐだと言い募る仏像を横目に、仏像の父はれんを追って校舎の角を曲がった。


※※※


 れんは走った。訳が分からなくなるほど走った。止まってしまえば気がおかしくなりそうで、無茶苦茶に走った。

 体は悲鳴を上げる。

 買ってもらったばかりのヴァンプローファーに血ににじむ。

 ついに靴ずれを起こしたれんは、保健室前のベンチに寄りかかって靴を脱いだ。


〔れん〕「くるぶしの血が死んでるわ」

 故郷の言葉でつぶやきながら、れんは内出血したくるぶしをさする。

〔れん〕「こんきい(疲れた)。でも、おじさまには礼をせないかんに(から)。せっかく靴も服も、かえち(着替え)を買ってもらったに。チョーカーも」

 買ってもらったばかりのヴァンプローファーは傷だらけ。

 れんは、ベンチに座ったままスンスンと鼻をすすり上げた。


 一方こちらは、れんを追う仏像の父(しこしこさん)。

〔仏父〕「まだ敷地内にいるな。それにしてもあの表情はまずい。一体五郎君は何を言った」

 野生の勘で、歩幅をゆるめて仏像の父はれんの気配を探った。


※※※


〔う〕「何でそんな事言うでえ。嫌ったいわあ。なまかーな奴だら(半端者が)!」

 松尾から事情を聞いたういが、仏像を白い目で見下ろした。

〔仏〕「なまかーって何。とにかく、俺はれんさんの事を言ったわけじゃない。それに、後を追ったら余計な気を持たせるだけ。付き合う気も無いのに女に優しくする方が汚いだろ」

〔う〕「やい、おんしゃ何こく(お前何を言う)だ! おこれる(ムカつく)!」

 双子の妹を思うあまり理性が吹っ飛んだういは、故郷である浜松弁丸出しで仏像に詰め寄る。


〔大〕「うい、落ち着け」

〔う〕「……。なんしょ(とにかく)、れんちゃんの所に行かにゃ」

〔大〕「多分そうじゃないかと思ってはいたけど……。やっぱり政木まさき君って隠れ陰キャだね。じゃ、また」

 ペットボトルの入った袋を置いた大和とういは、正門方向へときびすを返した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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