21 ややこしい世界

〔多〕「まあ、何だ。とりあえず飯にしよう」

 ういと大和やまとが立ち去ってなお気まずい空気が流れる中、多良橋たらはしががさごそと買い物袋をあらためる。

〔多〕「うさぎ軍団さんたちもどうぞ。あれ、寄席よせ会場ではピンクうさぎ(藤沢史帆理ふじさわしほり)さんと一緒だったよね」

〔赤〕「それが、連絡が取れなくなって。僕らは下野しもつけ君と一緒にいた流れで、ここに来たのですが」

〔飛〕「迷子の放送を入れてもらいましょうか」

 えさに誘われて顔を出していた飛島とびしまが、スマホを手にする。

〔青〕「迷子って年じゃなし。多分先に帰ったと思うから」

 青うさぎが飛島を制するも時遅し。

 急報を受けた本部詰めの放送部員が、高らかに全校放送を流した。



 坂崎に道案内をされながらバツが悪そうにやってきたピンクうさぎこと藤沢史帆理ふじさわしほりは、松尾を見るなり目をそらした。

〔松〕「あの、藤沢さん。『展覧会の絵』を選んだのは全くの偶然で。えっと、出し物のコンセプトが『仏像の展覧会』だったので。だから『展覧会の絵』を弾いたらちょうど良いなと思って」

 藤沢史帆理ふじさわしほりは、しどろもどろで言いつくろう松尾に目も合わせずに、赤うさぎをちらりと見やる。


〔赤〕「しほりん、この手羽先美味いわ。食ってけよ」

〔藤〕「いらない。もう帰る。坂崎先生ありがとうございました」

〔坂〕「せっかくだし、松田君とも話したらどうです」

〔藤〕「いえ、その必要はありません」

〔坂〕「そっか。お連れさんは待たないの。でしたら、正門まで案内しますよ」

 坂崎は立ち上がろうとする松尾を片手で制すると、史帆理と並んで正門方向へと歩き去った。



〔加〕「野獣の彼女候補ってあの子。止めといた方がいいんじゃね」

〔松〕「彼女候補じゃないです。断じて違います。変な噂が流れると事務所に怒られるから、本当に止めて」

〔赤〕「まあまあ、内輪の冗談だから大丈夫だって」

 赤うさぎが手羽先をしゃぶりながら軽い口調で返すも。

〔仏〕「松尾があの女と付き合うとか、絶対認めねえ」

 ういに怒られて大人しくしていた仏像が、にわかに気色ばんだ。


〔餌〕「だーかーらー。松田君だんなさま仏像よめ一筋だから落ち着いてってば」

〔仏〕「誰が嫁だ! それこそ変な噂流してるんじゃねえぞ」

〔加〕「うちの次の次ぐらいには可愛い子にあんなに塩対応だなんて、変だと思った。それならそうと言ってくれれば」

〔仏〕「違う。誤解だ。絶対変な噂を流すんじゃねえぞ」

 餌のからかいにあいづちを打つ加奈に、仏像が強く釘を刺した。


〔餌〕「デデンっ! さて問題。現時点で『しほり』と名の付く女子が四名現れました。では、シャモさんの元彼女の『藤巻しほり』と同じ個体はどれでしょう」

〔下〕「それ『昇天しょうてん』の続きっすか。えっと、『しほり』が四名で」

 下野が十本の指を開いたり閉じたりしていると、仏像が下野の目の前で人さし指を左右させた。


〔仏〕「シャモが言うには、落語『大山まいり』に出てくる大山阿夫利神社おおやまあふりじんじゃに行って、近くの宿・鶴巻中亭つるまきあたりてい二〇二号室に泊まると世界線が変わるらしい」

〔松〕「『藤巻しほり』がプロトタイプで、他の四人は『藤巻しほり』の特徴の一部を引き継いだコピーって結論では。『しほり』の出現数だけ世界線が変わった説はさておいて」


〔下〕「セカイセンって何。知らんと恥ずかしい事なんかな。うちの親にもひーくんは常識知らずだって言われるし。それに国語は苦手なんよ」

 サッカー胎教から始まり、十六年間サッカー漬けの下野広小路しもつけひろこうじ。元U15サッカー日本代表候補だった彼に、『世界線』なる用語は付け入るすきがなかったらしい。

〔仏〕「今をまっすぐ生きる奴には無縁の用語だ。知らなくても問題はない」

 仏像はとある方面にさらりと敵を作ると、ちらりと松尾を見た。


〔加〕「『藤巻しほりって名前の大富豪の令嬢にストーカーされた。神社に行くために鶴巻中亭つるまきあたりていに泊まった後に、ストーカーされた相手がいきなりSNSブロックで逃げた』。夏休みが終わる前に普通の彼女が出来なかったからって、世界線のせいにするとか。みのちゃんマジダサすぎ」

 加奈の脳内では、加奈が藤巻しほりを紹介した事が消え去っているらしい。


〔餌〕「本当は、加奈先輩が藤巻しほりを『みのちゃんねる』のビーチサッカー回の収録に連れてきたらしいですよ」

〔松〕「加奈さん、下野君。『お百度参り』事件に聞き覚えは」

 松尾は、『お百度参り』事件の目撃者である下野にもたずねる。


〔加〕「だってそんな女知らねえし。『お百度参り』事件って何だよ。大富豪お嬢様にストーカーされるとかラノベの読みすぎじゃね? そもそも、『藤巻しほり』ってあの芸人ババアの名前じゃん。みのちゃんに、いい加減に現実見ろって言っとけや」

〔下〕「まっつん、『お百度参り』事件って何」

〔松〕「横浜マーリンズのジュニアユースに、お目当ての男の子目当てに、祈祷きとう済みのおふだを持って百日間通い詰めた女の子の話」

 松尾の問いに下野はしばし動きを止め、そしてリスのような目を大きく見開いた。


〔下〕「ああああっ。そんな内輪の話を良う知っとるな。そうそう。クラブハウスの男子トイレ個室に『出る』って噂で、俺は絶対一人でトイレに行けんかったんよ。俺が知っとる限り、二十年前には『出る』って有名だったらしいんよ」

〔松〕「『出る』って、幽霊みたいな事を。藤巻しほりさんは生身の女子だよ」

〔下〕「『出る』は『出る』なんよ。生身の女子だったら怖くないんよ」

 下野は真っ正直な男である。快男児である。

 加奈はともかく、よもや下野が松尾たちをからかって嘘を付くわけがない――。

 松尾は、困惑の表情を隠す事も無く仏像に目線を向けた。


〔松〕「天河てんがさんと加奈さんが鶴巻中亭つるまきあたりてい二〇二号室に泊まった時点で、加奈さんと下野君の中で、藤巻しほりに関する認識が改変されているようですね」

〔仏〕「あるいは、その時点で俺たちとの世界線セかいせんが分岐したか」

 松尾のささやきに、仏像が小声で返した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※『展覧会の絵』が藤沢史帆理にとっての地雷だった理由→https://kakuyomu.jp/works/16818023213029248935/episodes/16818023213557660741

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