エピソード0+0 王子交代

 布団がフレンチトースト化した上に、パーティーバッグで頭を殴られた仏像。


〔仏〕(これは夢だ。夢に違いない)

 何とか身をよじった仏像の視界に入るのは、毛足の長いじゅうたんにフルートグラス。それから皿を片手にうろつく男女たち。


〔女B〕「ローストビーフお願いしますう。マッシュポテト多め」

 仏像の後ろから、グレービーソースの匂いがただよう。


〔仏〕(ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は、俺はまさか。何だこれ)

 仏像が全力でもがいていると、懐かしい声が頭上から聞こえてきた。





〔下〕「麺棒めんぼうさんお久しぶりっす」

 サッカー部の下野広小路しもつけひろこうじの声に、はじかれたように仏像は声の出どころを見た。


〔仏〕(嘘おおお。あのリスみたいな下野が、彼女の誕生日におこめパンをプレゼントして振られた下野が。まさかあんなにデカくなって)

 立派なクスノキのような下野しもつけからは、松田松尾とクラスメートだった頃のあどけなさがすっかり消えている。


〔下〕「スタッド・ド・フランスでのロトエイトイリュージョンは鳥肌立ったっす。さすがペン回しの王子様。何かシャンパンの泡みたいなきらきらが見えて」


〔仏〕(スタッド・ド・フランスって、あのバカでかいスタジアムだよな? ロトエイトイリュージョン?)


〔麺〕「『Hiroイロ』が見に来てくれているとは思わなかったよ。『落研ファイブっ』の助っ人からリーグ・アン(フランスサッカー1部リーグ)の顔に上り詰めるとは。ちょっと異次元の大出世だよね」


 フルートグラスを片手にした麺棒めんぼうからは、静かな自信と上質な華やかさがにじみ出る。


(仏)(一体何がどうなったら麺棒モブが王子キャラになるんだよ。何あのシャンパンがさまになる塩顔眼鏡イケメン)

 元落研のモブキャラとは思えない麺棒眼鏡めんぼうめがね(本名)のビフォーアフターに、仏像は目を見張る。




〔下〕「『落研ファイブっ』でビーチサッカーをやったからこそっす。二学期から荒屋敷あらやしき元日本代表がサッカー部の新監督になってくれたのも良かったし」

 完全に結果オーライだったっすと、下野しもつけは大きくうなずく。



〔麺〕「そう言えば松田君も留学先のボストンからパリに引っ越したよね。七組(海外進学コース)は英語とフランス語が出来るから強い」


〔下〕「そうっすね。パリに移籍した時に、七組で良かったと思ったっす。まっつんも同じ事言ってたっすね。俺ら家が近いんで、結構一緒に飯食うんっすよ」


〔仏〕(リーグ・アンでパリに移籍だと。それってあの超メガビッグ金満クラブに移籍したって事?! 下野しもつけパねえ)

 仏像が目の前の二人の会話に聞き入っていると――。



〔う〕「大和やまとーっ。れんちゃん。下野しもつけ君がパリから来たのら。シャモ君の六回目の結婚式ぶりら」

〔大〕「まさか七回目があるとは思わなかったねえ」


 ビーチサッカー大会で『落研ファイブっ』と対戦した『かしわ台コケッコー』の井原いのはらうい・れん姉妹がやって来る。



〔女A〕「そう言えば」

 彼らの話の続きを聞こうとした仏像の目の前で、仏像の頭を殴った忌々いまいましいパーティーバッグが大写しになる。


〔仏〕(邪魔だモブ女。黙れ、どけ)

 イライラとしながら体を動かそうとするも、仏像は一向にフレンチトーストから抜け出せない。


〔女A〕「スノボの王子様っているじゃん」

〔仏〕「俺、俺。スノボの王子様ここ。助けろ!」

 夢の中にいると知りながら、仏像は助けを求めて叫ぶ。


〔女B〕「スノボの王子様ってエイン・トゥワタリ君の事でしょ。かーわーいいよね。結局アメリカ代表でオリンピックに出るんだよね」


〔仏〕(エイン・トゥワタリって誰だよ?!)


 仏像の叫びを無視して繰り広げられるモブ女達の会話に、『本物の』スノボの王子様である仏像は耳を疑った。


〔女A〕「そう。アメリカ国籍を選んだみたい。でもね、スノボの王子様って前にも一並ひとなみ高校にいたような気がするんだけど」

〔仏〕「それ俺。俺だからいい加減助けろ! 聞けよ!」


〔女A〕「一並ひとなみ高の人に聞いたらそんな奴知らないって言われて」

〔女B〕「影が薄かっただけじゃん。陰キャ?」

〔女C〕「モブ男じゃね?」

〔女ABC〕「ワロス」

 ふざけんなーと声にならない叫びを仏像が上げていると、司会席を残して照明が落とされる。



〔青〕「それでは、新郎新婦がお色直しをしての入場です。皆様、盛大な拍手でお迎えください」


〔仏〕(シャモが、七回目の、結婚式……)


 松尾が奏でるバッハ=グノーの『アヴェ・マリア』に合わせて放送部長の青柳あおやぎがアナウンスを入れると、スポットライトが真っ白な扉に向かって照らされた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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