12 恋はタッグマッチ

 連行される宇宙人のごとくシャモがいずこともなく消え去るのと入れ替わりに、正門前にはビーチサッカーサークル『かしわ台コケッコー』の三人がやって来た。


〔う〕「れんちゃん、今日こそゴー君(仏像)にアタックチャンスなのら。七年越しの初恋を実らせるのら」

 双子の姉である井原いのはらういのげきに、スノボの王子様こと仏像の熱狂的ファンである井原いのはられんは、小柄な体を震わせる。


〔大〕「前みたいに自由入場の方が楽だよな」

〔服〕「確かに大和やまとさんの言う通りですが……。学校側は『政木まさき事件リターンズ』だけは絶対に避けたいでしょうから」

 三人を出迎えた服部が、一並ひとなみ高校落語研究会ののぼりに目をやった。


〔れん〕「『政木まさき事件』って」

〔大〕「れんちゃん、ゴー君ファンなのに知らなかったの。パトカーと救急車が何台も来てスゴイ騒ぎだったんだよ」


〔服〕「あれが多分政木まさき君がスノボを辞めた理由」

 れんはふるふると首を横に振ると、仏像のいない落研ブースをじっと見た。



※※※



 プロレス同好会を引退する服部・天河てんが長門ながとの晴れ舞台を一目見ようと、特設リングは黒山くろやまの人だかり。


 赤いバスタオルを首から下げた長門ながとは、リストの『死の舞踏ぶとう(s.126)(※)』を入場曲にして一年生のタッグ相手・古橋健人ふるはしたけひとを引き連れ入場する。


〔長〕「お前は本当に不運な男だ。最後の最後にこの俺と戦う事になるとはな」

〔天〕「ふん。舌戦ぜっせん以外に見せ場があれば良いがな」

 対する天河てんがは青いバスタオルを首から下げ、あんこ型の腹をせり出すように構える。


〔加〕「彦龍ひこりゅうううううっ! 愛してるよおおお!」

 二人のにらみ合いをぶった切るように、えさの女王様―通称・エロカナ―改め天河てんがの恋人・江戸加奈えどかなが叫ぶ。


〔衆〕「愛してるよおおお!」

〔天〕「俺もだああああ! 愛してるうううっ!」

 黒山くろやまの人だかりが加奈の真似をして叫ぶと、見た目年齢四十代の天河てんががやけくそ気味に叫び返した。



※※※



〔青〕「さあ、開始早々に試合が動いた! 青コーナー 天河龍彦てんがたつひこのパイルドライバーが決まるか。服部大我はっとりたいがレフェリーがカウントを始める。赤コーナー長門祐樹ながとゆうきこれは苦しいか」


 放送部長の青柳あおやぎが実況を務める中レフェリーコスに身を包んだ服部がマットを叩くのに合わせ、男子高校生達からカウントの大合唱が掛かる。


〔青〕「三、二っとここで長門祐樹ながとゆうきロープにタッチ。さあ本日は代替わりタッグマッチ、赤コーナー長門祐樹ながとゆうきに代わって古橋健人ふるはしたけひとが華麗にダイブイン」


 プロレス同好会のデモンストレーションに付き合う羽目になったれんに対して、ういと大和やまとはノリノリで声援を送っている。


 すっかりプロレスに夢中になった二人からそっと離れたれんは、声の主に吸い寄せられるように足を止めた。



〔仏父〕「こんにちは。八月にうちの五郎君と試合をしたよね。『日吉ひよし大コケッコー』だったかな」

〔れん〕「いえ、『かしわ台コケッコー』です」

 れんは、愛しのゴー君(仏像)によく似た面差しの中年男性に目を向ける。


〔仏父〕「僕は五郎君の寄席よせを見に来たの。お嬢さんも寄席よせを見るのよね。良かったら寄席よせが始まるまでの間、一緒に模擬店もぎてんでも見てみない」

 『しこしこさん』モードを封印した仏像父は、激渋イケオジモード(イケボ機能搭載)でれんに微笑みかけた。



※※※



〔仏父〕「そうか。浜松から本郷ほんごう大に双子でねえ」

〔れん〕「姉に言われるがままに受験したものの、特に何がやりたい訳でもなく」

 メロンソーダ片手にベンチに腰掛けたれんは、まるでずっと前からの馴染みのように仏像の父と話をしている。


〔仏父〕「まだ一年生でしょ。やりたい事が見つからないのが普通だよ。オジサンだって、大学一年生の時にはまさかこんな人生になるとは思わなかったしね」

 仏像の父は、『ざるうどんしこしこ@日吉ひよし大経済卒』の名刺をれんに差し出す。


〔れん〕「『無職輪廻むしょくりんね(以下略)?』 あんなに大変なお仕事をされている上に、小説まで執筆されるとは。尊敬します」


〔仏父〕「いやいやそれが。今やオジサンはドロップアウトと言うかアーリーリタイアと言うか、毎日が夏休みと言うか。そうは言っても就職や海外生活のアドバイスぐらいは出来るから、困りごとがあったらいつでも連絡してよ」


〔れん〕「本当に良いのですか」

〔仏父〕「大丈夫。れんさん、オジサンって生き物はね、使い倒してナンボだよ」

 仏像の父はとびきりのイケオジスマイル(イケボ機能搭載)でれんに微笑みかけると、パンフレット片手にれんと並んで歩いた。




 一方こちらはマイクリハーサルを終えて落研のブースに戻って来た仏像。

〔仏〕「何でうちの父親がれんさんと。どう言う事だよ」

 肩を並べて歩く二人に、二学期直前に見た悪夢が重なって仏像は思わず息を呑んだ。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※長門が『死の舞踏(s.126)』を入場曲にしたきっかけ→

https://kakuyomu.jp/works/16817330659394138107/episodes/16817330660713713468

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