33-1 高額バイトに気を付けろ(上)

「熟女は熟女でも、ウルスラねえさんはタイプじゃないよ」

 怪しいモテコンサル・ウルスラ麦茶の配信を見ていた喪男ネーム『パンダコッタ』ことえさ。喪男ネーム『みのやの若様』(シャモ)のお悩み相談を生ぬるい笑みで眺めていた餌のスマホが悩ましい着信音を立てた。

『ねえ、今すぐ中までしっかり見て♡』

「はいかしこまりましたいちご様♡」

 熟女セクシー女優・森崎いちごの悩ましい声に、餌はスマホを手にする。

 仏像からだ。

〔マネキンバイトで良さげなのある? 月末までに三万円がどうしても必要になった〕 

 意外なメッセージを二度見すると、餌は久しくチェックしていなかったマネキンバイトのサイトに飛んだ。


「あれほどマネキンバイトは二度とやらねえなんて言っていたのに、何か悪い物でも食べたか。月末までに三万円必要って、そんなのしこしこさん(仏像父)にねだればいいのに。三万円、三万円っと……。あっ、これ日給高い。この日給ならかなり『アレ』な案件だろうけど、審査に通った会社だから大丈夫でしょ。ぐふふぐふ」

 餌はハロウィンのかぼちゃのような笑みを浮かべると、仏像へ返信メッセージを送った。



 そして土曜日午前九時。

「あの、これって……。どうしてもこれを着ないとダメなんですか」

 餌の紹介で登録したマネキン事務所に久々に足を踏み入れた仏像は、自分のネームホルダーと一緒に置かれた制服に顔をこわばらせた。

「その服をどうしても着たくないなら他の現場に行ってもらうよ。それだと日給八千円。どうする」

 本日の拘束時間は休憩込みで七時間。日給三万円(服装手当込)。

 どうしても月末までに三万円が入用な仏像は、屈辱に震えながら制服を受け取るとバイト現場へと急いだ。



 仏像がスマホ片手にたどり着いたのは、横浜駅近郊の下町エリアにたたずむ古ぼけた一軒家兼事務所。【卜部うらべ芸能企画】とかかげられたホーロー看板が歴史の古さを物語る。

「あーれー! 今日は何てついてる日やろ。こんなにイケメンのお兄さんがヘルプに来てくれるなんて。メロメロやわあ」

「おお、来たか。分かりにくい場所だっただろ。とりあえずそこで着替えて。貴重品はこのロッカーに入れて」

 脳天から一直線に宇宙空間へと突き刺さるレーザーのような女の声。

 その出どころは白塗りに真っ赤な頬紅ほおべにを塗りたくった日本髪の女。首からは小太鼓を下げている。その後ろからぬっと顔をだした男は、大衆演劇の股旅もののような衣装に身を包んでいる。


「まあスタイルも抜群やねえ。こんなに似合う人は初めてやわあ」

 肌色の全身タイツに真っ白でふわふわのフェイクファーの毛皮。鬼のパンツのような雷柄のショートパンツに厚底ブーツ。首からはアフリカの民芸品のような首飾り。

これが仏像に与えられた制服だ。

「仕事は簡単や。うちらの後について、このビラを通行人に配ってくれたらしまいやねん。七時間も掛からへんけど、きっちり七時間分のお給料が出るから安心しいや。結構歩くけど、若いから大丈夫やろ」

「無理やり配ったりせず、明るく朗らかひょうきんに面白おかしく親しみこめて配ってくれな。ミッコ、この子のメークを頼むわ。肌がかぶれたりかゆくなったらすぐ言えよ」

(無理いいいっ。この衣装以上にその要求の方が無理いいいっ。チキショー、完全にシャモ向きの仕事じゃねえか)。

 それでも逃げずに契約を全うしようとする辺りが、仏像の生真面目さ。昔懐かしのデスメタルスタイルに仕上げられた仏像は、ビラを片手に横浜の下町を練り歩く事となったのである。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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