第23話 泣き下手と同志と誤算


 虹原社長は言う。


「2人に残ってもらったのは、きちんと事情を説明をすべきだと思ったからだよ。特に勝剛さん、あなたには謝罪をしなければ」

「俺に謝罪……ですか」


 首を傾げる。特に社長から不義理を働かれた記憶はない。

 すると虹原社長は、俺たちをソファーに座るよう促した。少し長い話になりそうだ。


「勝剛さん。以前、うちの朝仲から提案したドラマの契約、覚えているかい?」

「ええ。紅愛と白愛が共演するというアレでしょう。朝仲さんが細かなところまで配慮してくださったので、よく覚えています。無事に報道発表されていましたね」


 喫茶店『アルテナ』でのことを思い出し、俺は苦笑した。

 虹原社長は笑わない。


「実は、その際に同意してもらったドラマの案件は契約反故になってしまったんだ」

「え、そうなんですか!?」

「今回報道発表された作品は、それとは別の作品なんだよ。事後の報告になったことをまず、お詫びしたい」


 そう言って深く頭を下げる虹原社長。


「事情があってね。こちらからバーターを提示した上で変更を受け入れた」

「バーターって……もしかして、それがはなさん?」

「ああ、そうだよ」


 違和感を覚え、俺は眉をひそめた。

 隣のはなが、俺の裾を引く。


「なあ。バーターってなんだ? 物々交換?」

「そっか、はなはまだ業界で働いた経験がなかったんだっけ。芸能界でいうバーターは、『抱き合わせ』って意味だよ。簡単に言えば、有名女優と一緒に無名の新人を出演させることなんだ」

「なるほど。お嬢の希望を叶えるにはちょうどいいタイミングだったんだな」

「スポンサーの意向をバーターとして反映させる。よくあることだね」


 俺はあまり好きじゃないけど、という言葉を飲み込む。


 社長は一呼吸置いて、続けた。


「今回発表されたドラマは、契約反故になった作品の代わりに先方が提示したものだ。本来ならすぐに、双子君の保護者である勝剛さんに相談すべきところだったが、スケジュールの問題があって先にこちらで進めさせてもらった。重ねてお詫びしたい。本当に申し訳ない」

「社長や朝仲さんがゴーサインを出すのなら、自分は特に構いません。おふたりのことを信頼していますし、スケジュール調整の大変さも理解しています。ただ解せないのは、先方の動きですよね」


 俺が言うと、虹原社長は深く頷いた。


「そもそもすでに契約していたドラマが反故になったのは、先方が急に紅愛さん、白愛さんのキャスティング方針に変更を要求してきたからなんだ。勝剛さんも契約書を見て知っていると思うが、こちらから事前に伝えていた注意事項を先方は無視し、作品改変レベルで双子のイメージに合わない配役を強要してきた。だから私は断った。当初の契約違反だから、とね」

「すると相手はすぐに別のドラマを提案してきた、と」

「その通りだ。しかも、こちらの要望は可能な限り受け入れるとまで言ってね」


 違和感の正体がわかった。

 本当なら大騒ぎになってもおかしくないトラブルが、いともあっさり決着したのだ。相手が無茶を言い、相手が折れ、相手が最大限の譲歩をしてきた。

 まるでわざとそうしているかのように。

 虹原社長は手元の資料をめくる。


「新しいドラマの内容自体は問題なかった。けれど私も朝仲君も、それまでの経緯が気になってね。こちらも味方を増やしておこうと思ったのだよ」

「ああ、だから蓬莱さんにスポンサーになってもらったんですか」

「以前から個人的な交流があって、蓬莱家の方々が双子姉妹の大ファンだったことは知っていたからね。十六夜さんのキャスティングを了承したのも、かつて紅愛さんと白愛さんが世話になっていたという話を聞いたからなんだ。現場に味方がいることほど心強いものはないからね」


 そう言うと、虹原社長はデスクから立ち上がった。俺とはなの前に立つと、手を取って真剣な表情をする。


「何事もなければそれでいい。だが万が一に備えて、双子姉妹と親しい君たち2人に協力してもらいたいのだ。大事な話というのは、そういう意味だよ」

「なるほど」


 俺ははなと顔を見合わせた。それでわかる。改めて確認する必要もなく、俺たちの意志は一致している。


「わかりました。全力で協力します」

「ウチもです。あの子らをひどい目には遭わせません。もうじゅうぶん、あの子たちは傷ついたんだ」

「ありがとう、勝剛さん、十六夜さん」


 がっちりと握手を交わす。


 その後、俺とはなは双子姉妹と蓬莱さんが戻ってくるまでの間、近くの休憩スペースで待つことになった。

 しばらく俺たちは、飲み物片手に黙りこくっていた。

 どちらともなく口を開く。


「こんな辛気くさい顔を紅愛や白愛に見せたら、2人とも心配するよな」

「ああ。まったくだ」


 紙コップのコーヒーを、2人同時に飲み込む。

 気を取り直すため、俺はさっきから気になっていたことをはなに尋ねた。


「そういえば、はな。なんで今日は『制服姿』なんだ?」

「ぅえっ!?」

「や、ドラマ出演の経緯は理解したけどさ、なにも今日事務所に来るのに制服じゃなくてもよかっただろ。というか、その制服、どうやって用意したんだ?」

「…………お嬢の趣味」

「……マジ?」


 バッとはなが振り向いた。すでに涙目である。


「だ、だってお嬢が言うんだから! 『紅愛さまと白愛さまにお会いするなら正装じゃないとダメ』って! なんでそれが制服!?って思ったけど、言えるわけないじゃん、あんな嬉しそうなお嬢見てたらさあ!!」

「……。はな、お前……」

「そんな目で見るなぁ、うぇぇーん!!」


 号泣。スイッチが入ってしまったらしい。俺はよしよしと背中を撫でてやった。何というか、お人好しが過ぎて見ていられない。マジで他人に思えぬ。

 ……きっと紅愛と白愛の面倒を見てたときも、こんな感じだったんだろうなあと思う。ほんとウチの子がすみません。


 見事な滝涙たきなみだが落ち着くのを見計らって、俺は再び話題を変えた。


「はなは今度のドラマ、よく引き受けたな。話を聞いてると、はなはそういうタイプには思えなかったんだが」

「……ウチは『KOKO.』さん――涼風恋さんのファンだったんだ」

「そうなのか?」

「うん。あんな天才を間近で見ていたら、好きにもなるよ」


 小さく笑うはな。彼女は語り始める。


「最初は他の人たちと同じ、ただのファンだったよ。けど、モニターに映らない恋さんの苦しみもこの目で見たら、切なくなって……。きっとこの世界には、恋さんのような人がたくさんいるんだろうなって、子どもながらに思った」


 紙コップの中、ブラックコーヒーが微かに揺れる様子を、はなは遠い目で見つめていた。


「ウチさ。高校生の頃、自分の進路に迷ってたんだ。ほら、ウチって背伸びして口調が迷子になっちゃうくらいポンコツでしょ?」

「そん……うーん」

「おう、正直でよろしい。……泣いていい?」

「もうちょい我慢できる」

「なんか実感こもってるじゃん」


 くすりとはなが笑った。

 

「それでね? ウチ、父さんのように弁護士の道へ進む覚悟がなかなか決まらなかったんだけど、恋さんのおかげで気持ちが固まった。目標ができたんだ。法曹の道に進むなら、恋さんたちのように苦しむ人を救える人間になりたい。そのためには、恋さんたちがいた世界……戦っていた世界を、もっとよく知る必要があるとずっと思ってた。……ま、実際は勉強やら仕事やらお世話やらでいっぱいいっぱいで、バーターの意味すら知らなかったポンコツだけどな」

「じゃあ、今回のオファーは」

「うん。ウチの将来に必要なことだと思った。蓬莱家の皆さんは、ウチの気持ちをくみ取ってくれたんだと思う。感謝しかネェ」


 荒っぽい語尾。けれどそこに込められた深い感謝と意志の強さが、十六夜はならしいと俺は感じた。

 共感できる。まったく同じ思いで、俺も芸能界に関わり続けているから。


 確信する。俺と彼女は、双子姉妹を守る同志になれると。


「はな」


 俺は言った。


「君のやりたいこと、俺にも手伝わせて欲しい。一緒に紅愛と白愛を守ろう」

「おう。こちらからもお願い。勝くん」


 はなも応え、俺たちは互いに固く握手をするのだった。


「……とりあえず、ウチの目下の心配は、この滅茶苦茶な泣き下手をどうやってコントロールするかだけど」

「人間、諦めは肝心」

「オイコラ同志。仲間の裏切りはいちばん心にクるんだぞ? ダバダバ泣くぞ? ……まあ冗談はともかく、勝くんは普段どうやって折り合いつけてるの? ウチ、君の話も聞きたいんだけど」

「そうだなあ」


 天井を見上げながら紙コップに口をつける。しかし、中身はいつの間にか空になっていた。

 追加で買うかと思っていたとき、紅愛たちが戻ってきた。双子姉妹の後ろには蓬莱アズサさんも付いてきている。


 彼女……なんだか足下が覚束なくて、目つきが怪しかった。耳を澄ますと「うへへ」といった名家のお嬢様らしからぬ呟きが聞こえてくる。

 アレがトリップ状態か。


 隣ではなが呟いた。


「お嬢……よっぽど嬉しかったのね。紅愛ちゃんたちからお説教されるの」

「それが理解できるお前も相当苦労してるんだな、はな」

「勝くん、ハンカチの換えある?」

「残念だが、手持ちの装備でしのいでくれ」


 馬鹿なやり取りに、お互い小さく笑った。

 そんな俺たちの様子を見た紅愛と白愛は、何を思ったか俺の真正面に立った。

 じーっと俺の顔を見つめてくる。


「……どうした、ふたりとも」

「べっつにぃ?」

「そうです。別に」

「そうか。なら提案なんだが」


 俺は言った。


「今日、はなをうちに招待したいと思うんだが、どうだろう?」

「え?」

「あ?」

「これから一緒に仕事をする仲だし、お前たちも世話になった人だから、積もる話もあるだろ?」

「う……」

「ぬぁ……」


 固まる双子姉妹。直後、ふたり額を突き合わせて、何やらコソコソ相談し始める。会話の内容は聞こえてこない。俺とはなは揃って首を傾げた。


 そこへ、さっきまでトリップしていたアズサさんが、再びえびす顔で感想を言う。


「やっぱり、能登さんとはなさんはお似合いですわね。はなさんには色々世話になっている人間として、ほっとしましたわ。紅愛さまと白愛さまも、そう思いませんか?」

「アズサちゃん。今日はひとりで帰ってね?」

「休み明けにお説教の続きです」

「はぅっ……!」


 双子姉妹に塩対応されたにもかかわらず、どこか嬉しそうな表情のアズサさん。紅愛たちに言われたとおり、ひとりで迎えの車に乗り込んだ。

 去っていく蓬莱家の車を事務所の出入り口で見送ったはなは、俺に言った。


「お嬢、ホントにひとりで行っちまった……。さすがに勝くんちにいきなり押しかけるのも悪いから遠慮しようと思ってたんだけど、こうなったら仕方ないか。お言葉に甘えて、お邪魔してもいいかな? 勝くん」

「ああ。遠慮すんな」


 それから、はなは双子姉妹を振り返る。


「紅愛ちゃん、白愛ちゃん。よろしくね。……あれ? どうしたの、ふたりとも」


 怪訝そうなはなの言葉に、紅愛と白愛は揃って頭を抱えていた。

 双子は声をぴったり揃えて、一言。


「対応、間違えた……!」


 俺とはなは顔を見合わせ、肩をすくめた。


 







【23話あとがき】

虹原社長の大事な話とは、不穏なドラマから双子を守って欲しいという内容でした。

勝剛とはな、泣き顔だけでなく目指すところにも共通点があって、イイ感じですよね?

自宅に招いたはなと双子姉妹の間で、どんなバトル(?)があるのか?

それは次のエピソードで。

陰の功労者なのに扱いが雑すぎるアズサ、むしろ可愛いと思って頂けたら(頂けなくても)……

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