第4話 泣き下手と双子姉妹(17歳)(3)


 それから間もなく、白愛がリビングに戻ってきた。

 今度はきちんと身支度を調えている。

 姉の紅愛と同じ学校の制服が、相変わらず似合っていた。


 いつも不思議なのだが、紅愛が制服を着るとアイドルの衣装に見えるし、白愛が制服を着るとドラマのワンシーンに見える。

 プロとして身につけたオーラ、とでも言うのだろうか。

 こういうところ、やはり姉さんの血を受け継いでいると俺は思う。


 さっきまでの『ド真面目顔のグータラぶり』とは打って変わって、スッと背筋を伸ばして椅子に座る白愛。

 紅愛が言った。


「もうちょっとゆっくり来てもよかったのにぃ」

「姉様。たまのイチャイチャだからこそ摂取できる養分もあるのです。今回はそれで我慢してください」


 まるで見てきたように見解を述べる白愛。

 すると紅愛がニヤリと笑った。


「パパにあーんしちゃった」

「おのれ姉様」


 表情と口調を一切変えずに悔しがる白愛に、「お前もあーんしたかったのか」と思いながら俺は朝食を口にする。

 すると、じーっとこちらの一挙手一投足を見つめる視線を感じた。


「……白愛。俺の観察はいいから早く食べなさい。学校に遅刻する」

「私の趣味なので、どうかお気になさらず」


 毎度、注意すると同じ答えが返ってくる。

 家での白愛は、俺の仕草を観察したがる。どうやら俺をひとつの行動規範にしているようなのだが……。

 本当、こんな強面のおっさんの食事風景を見て何が面白いのだろうなと思う。


「すべてです」

「いつも言っているが、心を読むんじゃありません」

「父様は基本が強面なので、逆に変化がわかりやすいのです」

「……白愛はああ言っているが、紅愛どう思う?」

「もはや超能力なんじゃないかなあ」


 呆れている――というよりも、少々悔しそうな表情で答える長女。

 すると、白愛はおもむろに茶碗を手に取った。美しい所作でご飯を口に運びながら言う。


「姉様。他者の思考を洞察し、そのときそのときで最善の行動を模索することは、社会生活上、極めて有用なスキルです」

「それはあたしだって痛感してるよ。職業柄、モロに求められる能力だし……で? 何が言いたいのかな白愛は」

「つまり、父様の社会的成功には私の存在が不可欠ということです」

「……やっぱり自慢かこいつぅ!」

「どや、です」


 ああもう……このパターンは。


「白愛、何度も何度も言ってきたけど、改めて言わせて貰うわ。パパに必要なのはね、あたしみたいに強い子なんだよ!」

「いいえ。父様に必要なのは成功へと導く存在です。例えば私のような」


 始まってしまった、姉妹喧嘩……。

 この2人、せっかくお互いにない長所を持っているのに、それをマウントに使うのはやめてほしい。

 特に高校生になってから、この類の姉妹喧嘩が増えた気がする。

 まあ、2人が本気で仲違いするところは見たことがないから、心配はしていないけど。

 このままじゃ食器が洗えん。


「パパはね、プロの格闘家でも倒しちゃうほど強いの。そんなパパを支えるなら、相応のパフォーマンスが発揮できなきゃダメなんだよ!」

「父様はお若いときから社会の荒波を乗り越えてきた才覚の持ち主。そんな父様を支えるなら、人を見破る目を持つ人間こそが相応しいのです。そう、私のような」


 隣同士の席で睨み合う双子姉妹。

 しかし、口論のネタがどうして毎回、『いかにして俺を支えるか選手権』になるのかわからない。

 微妙に誇張された人物評がこそばゆい。

 確かに、まったくの嘘八百というわけでもないのだが……。


 で、だいたい口喧嘩の終わりは決まっている。


「……白愛、自分ひとりで起きられるの?」

「……姉様、ご自身で毎食用意できるのですか?」

「はい引き分け。早く食べて学校に行きなさい2人とも」


 俺が手を叩いてジャッジすると、双子姉妹は同時に俺を見た。

 嫌な予感がした。


「こうなったら、パパに選んでもらおうよ。どっちがパパの側にいるのに相応しいか」

「良いですね。私たちももうすぐ成人。この辺りでβテスト的に判断して貰うのはよい考えです。さあ父様、選んでください」

「あーもう」


 俺はテレビのリモコンを手に取った。


「そこまで言うならテストだ、2人とも。これから俺が見る番組を当てられた方が勝ちな」

「あーっ! ズルい、それだったら白愛が断然有利じゃん!」

「ふっふっふ。そうなのですよ、姉様。これすなわち、父様は私を選んでくれたということで――」

「勝った方が先に学校に行くこと。負けた方は遅刻覚悟で俺と洗い物だ」

「……ん?」

「……父様?」


 引っかけに気づいたらしいふたりが、仲良く目を細める。

 俺は構わずリモコンを操作する。


「そういえば、ふたりが出演してる番組がそれぞれあったよなー。録画してたっけかなあー。どっちから先に見ようかなー」

「パパ!? それはそれでズルくない!?」

「そうです父様! 負けて勝つすら封印するような真似、もうこのように表現するしかありません。おのれやってくれましたね!?」

「ほれ再生ー」


 こっちはもう12年も双子姉妹を見てきたベテランなのだ。

 そんな簡単に丸め込まれてたまるか、ふっふっふ。

 ……などと、育ての親らしからぬ邪悪な笑みを浮かべながら録画を再生する。

 実のところ、番組は何でも良かったので選択は適当だった。

 最近買い換えた大型テレビは、美しい映像と迫力ある音声で盛り上がりのシーンを映し出す。

 号泣間違いなしと評判の、感動ドラマだった。

 よりによって一番良いところから始まった録画に、俺も、紅愛も、白愛も釘付けになる。


『母さん……俺、母さんの息子で良かった。ありがとう……』

「んふぅっ!」

「んふぅっ!」

「……んふぅっ!」


 主人公青年の台詞に号泣する俺たち。

 双子姉妹の美しいかんばせが、日本一酸っぱい梅干しを頬張ったように歪んでいた。

 繰り返すが、号泣しているのだ。これでも。

 そして俺もまったく同じ表情をしているに違いない。


「もうーっ! パパのバカッ! こんなグシャグシャの顔じゃ学校に行けないよ!」

「……それどころかご近所の皆さんに恐れおののかれる様が目に浮かぶのですが」

「ホントごめん」


 結局、身支度を整え直した娘たちが家を出たのは、遅刻ギリギリのタイミングだった。









【4話あとがき】

双子姉妹が揃うと勝剛を巡ってプチ喧嘩が起こる、というお話でした。

姉妹喧嘩って微笑ましいと思いませんか?

クセ強姉妹からこれほど愛されてる勝剛って、普段何してるの?

それは次のエピソードで。

微笑ましいやり取りだなあと感じて頂けたら(頂けなくても)……

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