第3話 泣き下手と双子姉妹(17歳)(2)


「いっただっきまーす!」


 その後、あっさり機嫌を直した紅愛が山盛りご飯を前に手を合わせる。

 フィジカルお化けで、身体を鍛えるのも好きな彼女は、食べる量も滅茶苦茶多い。

 なのに太らないという特異体質である。

 姉さんもそうだった。


「パパ、先にあたしと一緒に食べようよ。ふたりきりご飯したい」

「もしかして紅愛、白愛はくあに声をかけなかったのか?」

「かけたよー。けどいつも通り起きないんだもの、あの子。たまにはあたしに役得があってもいいじゃん」


 茶碗片手に頬を膨らませる紅愛。

 ちなみに中身はすでに半分が消えている。

 たまには娘のままにも付き合ってやるかと、キッチンでの手を止め、エプロンを脱ぐ。

 そのとき。


「おはようございます」


 しっかりした敬語での挨拶があった。

 寝坊して遅れたにしては、凜とした口調である。

 いつものことなのだが、俺は苦笑とも呆れとも取れる顔で「おはよう、白愛」と応えた。


 涼風白愛。紅愛の双子の妹。

 小顔なのは母や姉そっくり。紅愛の目元がふんわり柔らかな印象を与えるのに対し、白愛は細筆でシュッと引いたような鋭い目つきをしている。

 かと言って、性格までキツいわけではない。むしろ逆な部分も多々あって、彼女をよく知る人間はそのギャップが魅力だと言っていた。

 母である涼風恋から白愛が受け継いだのは、肉体的なものよりも感覚的なものが多い。


「紅愛姉様。抜け駆けは駄目ですよ」

「聞いてたの?」

「いえ。姉様の顔を見て、ピンと来ました」


 表情を変えることなくさらりと言う白愛。

 この子は母譲りで洞察力がとても鋭い。時には超能力者かと思わせるほど、相手の考えていることを手に取るように把握するのだ。

 姉さんの生きた芸能界では、この『見抜く力』はことほか強力である。

 強力……なのだが。


「白愛」

おっしゃりたいことは理解しています。父様」

「そうだろうなあとは思ってるけど、言わせてくれ。でリビングに来るのはやめなさい」


 したり顔の次女に言う俺。

 黙っていればキリッとした美人の白愛は、

 お値段高めのふかふか布団にすっぽり身を包み、まるで芋虫のようにくねくねしているのである。

 漫画でもそうそう見ない画だ。

 白愛は言った。


「父様。布団にくるまる行為は人間に安心感を与えます。大変心地良いです。父様もいかがですか?」

「そのまま動いたら汚いだろう……」

「何てことを。父様がハウスキーピングしている我が家が汚いわけがありません。たとえ床上5センチの高さであっても、吸い込む埃やゴミなどたかが知れています。問題ありません」

「ちゃんと着替えてきたか?」

「まだですが?」


 大真面目な口調で堂々と怠惰を告白する下の娘に、俺は深いため息をついた。

 ちなみに姉さんもずぼらなところはあったが、白愛ほどではない。

 今更ながらに育て方を間違えたかと俺は思った。


 すると、俺の懊悩を素早く察したらしい白愛は、それまでとは打って変わって機敏な動きで立ち上がると、布団片手にさっさと自室に戻っていった。

 その後ろ姿を見た紅愛が苦笑いしながら言った。


「ねえパパ。もしかしてさっき、『育て方間違えたかなあ』とか思った?」

「思った。だから白愛もマズいと思ったんだろうな。本当、何で考えてることがわかるんだろうなあ……」

「職業柄の観察眼だと思うけど、あたしはそこまでじゃないから、ちょっと羨ましいな。パパの考えてることがわかってさ」


 紅愛が俺の手を引く。


「さ、白愛が戻ってくるまでふたりきりご飯を楽しもう」

「わかったよ。いただきます」


 対面に座り、手を合わせる俺。

 その様子を紅愛は嬉しそうに見つめてきた。


「パパの顔、皆怖い怖いって言うけど、こうしてご飯食べてるときは可愛いよね」

「お前なあ……父親をからかうんじゃない」

「娘が家で父親にじゃれつくのは別にフツーでしょー? パパも嬉しいんじゃない? 娘が反抗期もなく慕ってくるのってさ。ほらー、ありがたがれー。そしてほだされろー。ほらほらー」


 おかずを箸でつまんで、強引に俺の口に持っていきながら言う紅愛。

 満面の笑みが真正面から迫ってくる。

 父親に『絆されろ』とは……。

 確かに、俺が紅愛と同年代だったらほぼ間違いなくぞっこんだっただろうな、とは思う。

 12年間、ずっと一緒に暮らしながら成長を見守ってきた娘の顔。じっと見つめていると、これまでのアレコレが思い出されて、俺はフッと表情を緩めた。


「あの、さ。パパ」

「ん? どした」

「その……パパの方からそうやってじっと見つめられると恥ずかしいというか……」


 さっきまでの勢いはどこへやら、本気で照れながら紅愛が箸を引っ込める。

 こういう実は照れ屋なところも紅愛らしい。

 娘の可愛い一面を見られたら、親として少々意地悪したくなるというもの。


「ほれ、紅愛」

「え?」

「食べさせてくれるんだろ? あーん」

「えうっ!?」

「食べさせてくれないのか? パパ泣いちゃうぞ」

「すでに泣きかけの顔で言われても……もしかしてあたしたち、こういうやり取りを繰り返してきたからのかも」


 最後の台詞の意味がよくわからないまま、俺は紅愛から卵焼きを食べさせて貰った。

 うん。自分で作ったやつだけど、娘から食べさせて貰うと殊の外、美味い。

 俺が満足そうにしているのを見て、紅愛もまた、フッと微笑んだ。


「パパ、問題です。ママそっくりって言われることが多いあたしたちだけど、あたしたちがパパに似ちゃったところってどーこだ?」

「ん? ないだろそんなの」

「自信満々に言わないでよ。あるの! 大事なところが!」


 眉を下げる紅愛。

 その表情を見て、俺は答えを悟った。


「正解は『泣き顔』です! あんまりパパの泣き顔が印象的だから、移っちゃった。困るんだよなー、『泣き顔の演技だけド下手』って言われるんだもの」

「う……本当にすまん」

「責めてないよ。でも本当にコマッタナー、このままじゃあママの後を継げないナー。そうなったらパパには責任取って、一生あたしの側にいて貰わないとナー」


 にぃっ、と悪戯っぽく笑う紅愛。

 俺はため息をつきながら、愛娘の額に軽くデコピンした。









【3話あとがき】

双子妹はどんな子?→真面目に不真面目するクール少女でした。

こんな子が身近にいたら面白いと思いませんか?

どうやら反抗期も知らないほどべったりな様子。2人が揃うとどうなるか。

それは次のエピソードで。

妹ちゃんスゲぇなと感じて頂けたら(頂けなくても)……

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